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■地域の言葉は、「地元愛」、「豊か」の象徴!

イタリア語を教えてもらっているイタリア人の先生(ミラノの隣の州:トレンティーノ アルト・アディジェ出身)が、シチリアの言葉は分らないといいます。モンタルバーノのドラマの会話のときでした。そこに「ェエェ!?」。少し驚いた私がいました。

イタリアの方はイタリア語ならわかる、同じというイメージがありましたから……。でも、その後の調べで方言がたくさんあることが分かりました。

そこで、少し、考えてみました。

確かに、イタリアを旅していると地域・地域、街・街で地元意識が非常に高いことが分かります。

誰よりも・どこよりも自分の生まれた町を愛し、その地域に住まう姿勢。父母を尊敬し、先祖代々住み続け、家業をつぐ。

以前に訪問したアグリツーリズモの草分け的な存在のファーストさん(NHKにも出ました)の近所のパン屋さん、400年以上も前から同じ場所で同じように小麦を引いてパンを焼いている家柄(先祖代々)とのこと。カンティーナ(ワイナリー)も代々という構図を良く見かけました。

ある種の感激です。

地元をこよなく愛し家業を連綿とうけつぐ。子に孫に……。

日本酒を造る酒蔵も実は代々という構図が多く残っています。先日訪問した静岡の初亀さんもそうでした。

パン屋さん、酒造り、ワイン作りには移動の必要のない世界があります。地元に根差した家業ですね。

現代社会のようにTVやインターネットが発達する前はメディアの主体は新聞や文学を主体とした文字、視覚的な言語であって、五感のうちの目を主体とした言語(言葉)になります。ただし、読める人にとっては。。。

日常の地域での会話・コミュニケーション。ここには幅というものが存在します。近所という幅。塩の道などは、貿易、物々交換、地域間取引の幅においてコミュニケーションが成り立ちます。この関係では相手の言葉を理解して、交流しなければビジネスになりません。

さて、私の粗野(乱暴)な思考では、この地元密着と中央との関係性(首都との距離、影響度合)、そして、交易・交通の容易さ、みたいな要素が方言に関係していると思っています。

一方、日本の方言ランキング(かわいい、難しいなど)で見ると、中央からの距離が遠い地域が上位に位置する、私の生まれた北海道(確かに独特の表現が残っていました)や青森、秋田。沖縄、鹿児島などなど。また、大阪や京都など絶対的な文化性や地域の強さ(個性)も顔を覗かせます。そこに言語が守られ独自に発達した要素が垣間見られます。

専門家じゃないので、あくまで、想像にすぎませんが、イタリアの「地元愛」、「地域の強さ」、(「交通便のこと」、「歴史的な侵略性」、「経済基盤としての住居」、「地産地消性(交易性)」、「教育水準」、「統治者」)などが、大いに関係してくると思えます。

少し視点を変えて、

Amore di campanile というのでしょうか?

鐘楼(しょうろう)CAMPANILE

それぞれの村にある異なる教会の鐘の音、、、。鐘の音の聞こえる範囲。地元意識のような。

これらの要素(特に地元密着)から、20州全土での特徴あるIGTワイン造りに見習って、20州全土の言葉なり。と発展させるのは大げさでしょうか?

次に住まう基盤である家を考えてみましょう。

住居のことで、誤解を恐れずに書くと、日本の消費経済の骨格・躯体が樹木(木造り)であるのに比して、イタリアのそれは、石。中世時代の石の建物が残っているわけだから、石の骨格、躯体を基盤とした経済が地元密着を支えることになります。

三匹の子豚ではないが、木の家は燃えると、経済的には江戸の経済活性化の背景とされるそれだが、石のようにずっと居座ることで人にとって、地域に根ざす砦となることが可能となります。

シチリアではエトナ山の溶岩で階段を作っていました。すぐそばを溶岩が流れたと言ってました。が、エトナを愛し、何度でも、エトナに住むのです。この写真です。

もちろん、現代的にいうと、相続に対する税制の違いなどもあると思いますが(日本では子孫に残すことが中々かなわないですからね)、、。ここで何が「豊か」なのか、本当に疑問に思ってしまいます。

家族愛、地元愛が「豊か」、方言のベースのような気がしてくる。

以下の写真は中世の古城の修復作業の写真です。1000年も前の石造りのお城を観光資源として修復している最中です。山の地形を利用した作りになっていました。

昔は海だったことが貝殻からわかります。埋まってしまったため、土砂を運びだして構造的に補強をして、順路をつくり、当時の生活や文化を残しながら、開示にこぎつけるとのことでした。

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