SOCCER

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■SOCCER

 

変われば変わるものだ。つくづく……。

まさか、ワールドカップでドイツに勝つ日が来るとは……。

この50年、時代の流れ(変遷)とは実に恐ろしいものだ。

 

野球が王道だった少年期、私はサッカー部でした。

毎日、ボールを蹴って、汗と泥にまみれていました。グランドの隅っこで。

隅っこクラブ。練習前に6キロ程度ランニングして、遅いグループはうさぎ跳び2周とかの時代。グランドの主である野球部の打った硬球が外野深く隅っこ直撃で怪我をした部員もいたぐらいに隅っこ(マイナー)なスポーツ、それがサッカーでした。

工業高校と一緒の高校だったので、普通科の同学年部員は2名という超隅っこクラブ。練習が激しかったことも一因だったか……。

 

人生でスカウトを受けたことが何回かある、そのひとつが札幌大学サッカー部との親善試合後の出来事。「君、うち(札大)に来ないか?」、こう言われた(笑)。

それに先んじて、最初のスカウトは中学の美術部(美術担当の先生から)。

 

まぁ、授業中も教科書など開かず、サッカーマガジンを読んで涎を垂らしていた少年だったから、さもありなん……。

 

それから、大学入学直後の体育の授業で新入生全員、100mと800mを走らされて、タイム測定され、帰り際に体育会陸上部にスカウトされたこと。徹夜で麻雀した当日の朝だったから、一睡もせず仕方なく適当に走ったわけだが、まぁ、サッカー少年で多少足が速かったわけだ。万全な体調でなかったことが幸いした。箱根の給水係にならずに済んだ(笑)。

 

スカウト、あと仕事でいくつかあったかぁ……。そんなところかなぁ~。

 

嗚呼、でも、SOCCER。

いや、スゴイ。

変えられるということだ~。努力時間の積み重ねがあれば……。

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夕陽

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■夕陽のガンマン

 

前投稿の流れから、【夕陽】をテーマに。

高校時代の映画の話である。

 

「荒野の用心棒」

夕陽のガンマン」

「続・夕陽のガンマン」

「新夕陽のガンマン」……、一連の興行が楽しみになっていた映画初期時代。

 

言わずと知れた「マカロニ・ウェスタン」。

高校時代に良く観た映画シリーズ。

 

決闘の「間・風・砂ぼこり」、突然奏でられる悲しく錆びた音楽、素早いガンサバキ。倒れる悪、で葉巻の煙

馬の雄叫び、激しい撃ち合い、屋根の上からの落下……。

鋭く迷いのない「眼光」眉間の刻まれた皴、汗と砂のにおい……。

何があっても動じない……渋さ。鼻筋(鷲鼻)。無精髭

そして、ギラギラと照りつける夕暮れの太陽……。

 

荒野と決闘に【夕陽】はつき物になった、否、【夕陽】に荒野と決闘がついて回った。

 

学んだこと:悪を裁くのが正義や政治ではなく、沈む太陽がお似合いの「流れ者」だった。

 

私の退屈でcheapでやせ細った高校下宿生活を心配してくれた同級生。彼の家(高校の学校長)でカレーライスをご馳走してもらい、書斎に溢れる本に刺激をうけ、町で唯一の小さな劇場の招待券を握りしめ、二人で足を運んだ映画館。その映画館を出るときは、すっかりニヒルでクールな肩で風を切るイーストウッドやクリーフになっていた二人(笑)。模擬試験が終わると彼は私に忍び寄る「どうだった?」。唯一、彼に対抗できるからと、勝手に思ったものだ💦。ちなみに、彼は、東北大学に進んだ当時の親友だ。仙台に遊びにいくと、戦前からの建物に住んでいて、昇降のたびにギシギシ鳴り響く階段の渋い音がずっと耳に残っていて、とてもマカロニ・ウエスタンっぽい印象だった(笑)。今日もギシギシ鳴っているんだろうなぁ、そんなことをぼんやり考える日も私のなかにあった。貧乏というより質実剛健。土地柄、松尾芭蕉や吉本隆明を語ったり、宮沢賢治も登場したか……女性の話もしたなぁ~、帰省寄り道の仙台時間。彼と私で文化祭でシャガールの山車を制作して賞をもらったりしたなぁ。今は昔。

テレビを見る環境もなく、娯楽の少ない手紙時代だったので、こうして鑑賞したクリント・イーストウッドやリー・ヴァン・クリーフ(サントリーオールドのCMが日本では馴染であろう)には鮮烈な印象が残ることになる。

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太陽・月

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■太陽。月。

 

旅をしていると、美しい「太陽と月」に出くわすことがある。

一日の希望をくれる、深い闇を裂き、メラメラと昇る目映い光。

一日の疲れを癒し、海や山の彼方に揺ら揺らと沈む太陽。

男女が語り合うロマン溢れる夜の舞台、海面を照らす月。

私が出くわした彼(太陽)と彼女(月)を何枚か掲載。

力強く希望に満ちた彼、優しくしっとりいたわる彼女。

 

①「イタリア、塩の道、チルビア(Cervia)」

②「シチリア、エトナ山頂(Etna)」

③「ギリシア、サントリーニ島(Santorini)」

④「北海道、小樽(Otaru)」

 

 

いかがですか?

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隠れ家

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■大人の隠れ家

 

世の男どもは50歳後半以降になると、妙に、自分だけのモノコトにこだわる(頑固、わがまま)。いかに日常が下げすまされているか、いや、他人にどう思われてもいいのだ的な社会参加姿勢とのことが、よく分かる。

 

そこで、「秘密基地」とか「大人の隠れ家」が、お気に入りとなる。

では、その隠れ家をひとつ紹介しよう。

「黒ねこ」 吉祥寺

入口から怪しさ満載。おそるおそる階下に降りると、頃合いの良い寛げる空間が登場する。

吟味した素材にプロの技が施され、美味しさが波打つ。当然、飲み物も取り揃えがいい。

 

 

「黒」は個性である。猫は怪しさ。

怪しい親父が集まることになる。やんちゃな若者もいるらしい(笑)。ここ吉祥寺では、「黒」+「ねこ」=ジブリの【魔女の宅急便】となる。

この雄猫の名前は「ジジ」、よくできている(^_-)-☆。白猫では全く違うストーリーになる。キキの成長で会話ができなくなる黒ねこのジジ。マイキャットとの会話は子供ならではだ~。

 

今日の怪しい親父・隠れ友は、SHIPの小松社長。30年も前からの間柄だ。

 

一緒にブダペストやニューヨークに行ったときの話題が自然にでる。

会話が幾重にも折り重なり、美しいハンガリーの情景やアムトラックの大きな座席がでてくる。当時を何倍も美化し、楽しむことができる。想い出話というのはそういうものだ。

 

ハンガリーはアジア人には親しめる土地だ。その歴史が【ケルト⇒マジャール⇒モンゴル⇒オスマン⇒現在】。みたいな大雑把な支配の流れからもそうだ。ブダの丘からドナウ川対岸のペストの美しい街並みをいちぼうしながら、オランダのビールを味わう、少し濃厚な味だけど、気候にぴったりの味だ。過去に飲んだビールで最高の味がそこにあった。

いつか、オーストリアのウィーンから船でブダペストに入って、バスでチェコに抜ける三都物語を考えていたが、時間が流れ、そのままだ。ちょい悪の旅は、まだまだ続く。

 

 

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パドレス対フィリーズ

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■パドレス VS フィリーズ

 

ダルビッシュ(パドレス)、残念でした。

 

随分前ですが、双方の街を訪れたことがあり、また違う目線で試合を楽しませていただきました。

 

パドレス:サンディエゴ

サンディエゴですね、ラホヤの美しい海岸線が目に浮かびます。遠くに海軍の大きな船が浮かんでいました。

巨匠ルイス・カーン設計の「ソーク生物学研究所」建築を見にいきました。

海が見えるシンメトリックで遠近のあるコンクリートの建物が時間を止めて、絵のような無言の静寂を作り出し、それはそれは神秘的で空の青と海の青とコンクリートと柔らかな木材枠が、時間ごとに季節ごとに調和した風景を創造してました。

街も西側らしいスペイン調のオレンジの瓦の建物が多くあり、明るくてパドレスの選手に似合う光景でした。海岸線はリゾートっぽく、不動産価格も高かったですね~

 

フィリーズ:フィラデルフィア

アメリカ独立宣言の街です。こちらはニューヨークからアムトラックに乗って降り立った街です。有名なのは、コンピュータです。私立の名門大学、ペンシルベニア大学(ドナルド・トランプ氏卒業(‘◇’)ゞ)を見学。

この学校に黎明期のコンピュータがあるのです。

1946年発表(この大学で設計・開発された)の「ENIAC(考案・設計、ジョン・モークリージョン・プレスパー・エッカート)」がロビーにオブジェクトとして設置されていました。真空管(17468本、アキュームレーター、10進法)のコンピュータです、滅茶苦茶図体も大きいです。その中に大きな真空管(よく壊れて取り替えるのが大変だったようです)が林立していました。

昔のコンピュータは弾道弾計算など戦争向けの演算用だったようです。私も初めて習得した高級プログラミング言語はイギリスのもので、やはり、弾道弾計算用でした。ですから、ビット計算ができる高級(?)言語、CORALといったかな~。

 

ついでに、ソークと同じルイス・カーンの設計の建築物「ペンシルベニア大学リチャーズ医学研究棟」を見てきました。あとは、博物館(ロッキーの撮影現場(足跡のレプリカがあったかな))とか、ウイリアム・ペンが指さしている(イギリスの方向)像とか、いろいろありましたね。

 

西側のパドレスと東側のフィラデルフィア。

風土も歴史も違う2つの地域の激突でしたね。懐かしい想い出とともに応援していました。

そうそう、フィラデルフィア校外のカーン設計の住宅をヒアリングしたとき、有名建築家の家は暗くて寒いけど、住んでいることがプライドよ、みたいなことを住人が言っていました。確かに~。日本でもあるある(笑)。

 

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Apple

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■Apple

 

最近、iPhone(12)の通知機能が故障した。

そんなことをフックに、一昨日、昼休みを利用して、

iPhone14に機種を変更

 

優れた機能、バッテリー長持ち、カメラ撮影の出来栄え、など大いに期待しています。

 

オフィスに戻ってから実施したデータ移行もあっと言う間におわり、ちょっといい気分、快適です。

ロック画面もカスタマイズして、シックで大人の雰囲気にしてみた。

フォントもダウンロードして、この際だから気分転換。

14での最初の写真。「にほん酒や」の照明(笑)。

 

Appleといえば、想い出がいくつかあります。

 

まず、1984年のこと。

汎用大型機のダム端で図形処理プロジェクトを担当するにあたり、最初に評価参考にしたのがAppleの初代Macintosh(128k)の操作性でした。直感性に優れた操作、マルチウィンドウ、アイコン、描画系ソフト……。図形の基準点9ポイント操作、属性の考え方、マウスのダブルクリックなど、国内の図形処理ソフトが少ないなか、新しいプロジェクトにそのような操作を設計組み込みました。

展示会では生まれてはじめて白いブレザーに蝶ネクタイで説明員をしました(;^_^A

 

次の想い出はゲーム企画

1993年頃だったか~。

Mac用で企画したTowerというシミュレーションゲーム開発の初期に支援参画したときのこと。

上海やシカゴの高層タワーのエレベータを調査しました。

エレベータの制御、効率のよい動作を考えるにあたり、同じようなシミュレーションソフトのシムシティを徹底解剖して、開発に臨みました。

 

そんなApple、初期の頃からの付き合いですね。

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