寒さ(血圧アップ、成績ダウン)

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■寒さ(血圧アップ)

 

今朝の東京、チラチラと雪が舞っていました。

 

寒いと血圧が上がる。

血圧が上がると命のリスクが高まる。

 

日本一寒いところで高校生活を過ごしたが、寒いのは不得手。

ある寒い朝のこと、学校で皆が騒いでいる。同級生の船戸君の両耳が通学で凍傷にかかり、真っ黒になっていた。友人一同。真っ青。

 

座っている椅子と自身の太ももの裏に両手を挟み込み、肩に力をいれてジッとして授業の開始を待つ。ひょいと横にかかっている寒暖計を見ると、何と、氷点下29度(-29℃)寒いわけだ。校舎の中での温度だ、ギネスじゃないか?

 

次の日、命の危険を感じて下宿を出ることができない。

 

寒いということは、眼を開けるのに力が必要になる。瞬き厳禁。ヨイッショと目を見開く。湿度があるところはくっつくからだ。髪の毛は白くなる。今のような白髪ではない。凍るのだ。鼻の孔がくっつく。……。

 

とうとう不登校、文学書を布団にくるまって10冊ぐらい読み終えたころ、先生が下宿に迎えにきた。ギリギリセーフ。

 

犠牲になったのは、数学の成績。あっという間に下がる。下がったのは寒暖計の温度だけでない(-_-;)。今は血圧がバンバン上がって命の危険。

 

外気温は人生を左右するという話!

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流氷

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■流氷(海氷)

 

皆さんは「流氷が鳴く」事をご存知でしょうか?

 

冬こそオホーツク、言うまでもなく、流氷見学を意味した呼び込み表現だ。だが……。その流氷、海氷のこと。毎日、丘の上から眺めていると、そんな見学気分にはなれない。

ただただ、あたたかで優しい陽射しの春が待ち遠しい(💦)。

 

その鳴き声はもの悲しく、聞く耳を凍てつかせる重低音と高音の重なった音だ。

北の大地の厳しい冬。北風(シベリア降ろし)が強くなると、東樺太海流にのって、漁場を豊かにする春の栄養(プランクトン)をたっぷり含んでやつらが近寄ってくる。そのプランクトンが美味しい昆布を育て、その美味しい昆布を食べて美味しい雲丹ができあがる。流氷さま様。

 

時々、アザラシやキツネや鳥など、いくつもの生態系を伴って……。

 

小さい流(海)氷の塊がぶっつかり合いながら、濃度の高い塩水と氷片が上下対流し、潮間の中でゆっくり合体を繰り返し、氷の厚みが増していく。無造作にガッッツンとあたった氷片が四方八方に連鎖しつながる。もともとの小さい氷形が少しずつ海水を凍らせ巨大化する。

 

流氷と流氷が当たる音、接岸雪氷とのせめぎ合い、氷同士が重なり砕かれる音、上下の軋む、膨張してはバキーン、バーンと亀裂が走る音……。硬い塊の戦いは直線的・硬化的で柔らかさが見当たらない。

 

これが、ギー・ギギー、キシィー、ギシン、バキーンとなって、アチコチで同時に鳴る。この不気味な音が、丘の上の町には、風の音と重なり、さらに複雑な余韻を伴う音となって届く。

 

私には【キュォーン、ュォーン、ォーン、ン】という遠吠え的な音に聞こえてならなかった。【 ギー ギギー キシィー ギシン = キュォーン(余韻:エコー) 】

布団を頭まですっぽり被って音を無視する。

 

寒い夜は透明度が高い、空気がひんやり凍てつく、すべてが静止画の世界だ。音も良く通るが地上が低温のため音の上昇反射がなく地平を這うように風が運ぶ。結果、吹雪の雪原を通路として、地響きとなって民家に届くことになる。

 

その不気味さが、少年には、まだ見たことのない【得体のしれない大きな怪獣の遠吠え】に思えた。学生時代に読んだ、詩人、石原吉郎の「海を流れる河」という短いエッセイ。あのシベリアからの密林メッセージ(終焉があってはならない北上・南下)に近い、耐えられない景色・運命のような客体移動感覚を予感したかのように、シベリアからの「冬の塊・海林」メッセージを確認していた。

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板カルタ

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■百人一首(板カルタ:下の句カルタ)

 

地方には地方の文化や遊びがある。

5㎜ぐらいの厚さの「木の板」にダイナミックな下の句を江戸文字のようなくずし文字で書いた北海道の百人一首は、北海道オリジナルの「板カルタ」だ。しかも、読み札として上の句は、遊び(競技)の上で存在しない。ダイレクトに読み札と取り札の下の句を読み競って取る。読み手は前の札を独特の抑揚口調で読み上げ、次の札につなぎ読みをする。

 

歌を上の句連想で覚える必要がない「いろはカルタ」の類だが、上下の歌を記憶する必要がなく、誰もが遊べる利点がある。また、素早く取るための並べ方にもルールがあり、自分と相手の配置などの記憶と俊敏性は必須だ。

北海道は歴史的に変わり文化が多いが、これもその一つ。道民(私)にとっては当たり前だったのだが……(💦)。あ、全道的かどうか不明。

 

厚みのある板だけに良く飛ぶ、従って、相手を威嚇けん制するために、バシーンと飛ばして、ダメージを与える。(しかも、板だけに当たるといたい(‘◇’)ゞ

 

お寺(坊主)稼業を継ぐのが嫌で家出して大工になった祖父が一枚一枚丁寧に板をつくり、読むには難解な文字を書いてできた板カルタが我が家のそれだった。

子供の頃、冬になると毎年、この大会が開催された。三人一組でそれぞれ役割が決まっていて、対戦する。私はたくさんの板札を前に素早くとるとともに、相手の札位置も覚えて取った。厳しく寒い北国ならではの越冬娯楽であった。

 

この遊びのコツは、読み手の息遣い、その方の息のつながりや切れ方で、次の発音が、「カ行」と「タ行」グループなのか、「サ行」なのか、それとも「ハ行」なのか……、分かった。で、その次の出る札の位置を絞り込むから、読みと寸分違わずに目的の板に手が伸び、取る。否、バシーンと取る。

 

この素早さといったら例えようがない。

いやいや、本当。全国大会がないローカルな遊びだったことが悔やまれる(笑)。

 

運動会などを除いて、私が初めてもらった賞状とか優勝旗はこの大会のものだ。陸上やスピードスケートの大会にも出ていたが、なかなか結果が出なかったから、こっち(知力と俊敏さ)の世界で力を発揮した。カーリングがその頃あったなら、自己史は変わったかもしれない(笑)。

 

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津軽海峡

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■青函連絡船

 

ジャンジャンとけたたましく銅鑼(ドラ)が鳴り響くと出航だ。船酔いせずに大広間でゴロリと眠りにつくことができるから、大概は夜の連絡船を狙って乗船した。また、朝日に照らされた大沼公園の美しさに出会えるからでもある。

 

真っ暗で深く黒い津軽の海は不気味だ。母親が私を出産する2日前の海難事故の大惨事をはなしてくれたことがあった。停電のなかでの出産だったから、ラジオから流れる事故の悲惨な情報が印象深かったようだ。風の強い出航のときは、幼心に焼き付いた昔の台風15号・洞爺丸他4隻の海難事故が脳裏を過ることがある。が、ほどなく、船内で時間をつぶすことを発見して朝を待つ。

 

あるとき青函連絡船のなかにある大浴場にいってみた。確かにお風呂だ。が、通常のお風呂とは違っていた。左右に船が揺れるたびに、首まであったお湯の高さがおへそあたりまで下がる。上下にお湯が不規則に揺れるため、だんだん気持ち悪くなってくる。お風呂酔い。そうなるとお風呂からでて、広間の寝袋に入る。このような所作は、学生ならではの大雑把な行為なのかもしれない。

 

帰省時に後輩がいっしょに家に遊びにきたときの事。私は札幌で生ビール飲み放題のマイ記録を作った。ジンギスカン食べ放題、ビール飲み放題。凄い甘言(キャッチコピー)だ。2時間だったか~。学生には充分過ぎるほどに魅力的なプログラムだ。羊々亭。名前からして勇ましい。ジンギスカンのような油が強いお肉にはビールがお似合いだ。ヘルメットのような形をした鉄鍋で焼くのだが、鍋の縁のたまり部分にもやしを入れて合わせ食べる食文化だ。

 

自身の年齢と同じ21(杯)を数えたとき、時間の制限がきた。前日、盛岡でワンコ蕎麦を食べたが、その記録と左程変わらないから、ビールの力のすごさがわかる。

あれ以来、長いこと酒飲みをやっているが、この記録を破ることはできない。恐らく、この先もそうだろう。中ジョッキといえども、そう飲めるものではない~。

大抵はリュックを背負って東北を野宿して、徐々に帰省する。だから、青森の森の青(藍)さに感激したり、萎びた温泉宿で山道を歩いた汗を流したりと、気楽な帰省旅になる。

 

青森の地名は実に面白い。

一戸(いちのへ)から始まって、二戸、三戸……九戸、と「十」まである。そう、「十」は十和田だ。昔の戸来(へらい)村は、今は、新郷村。そこには、キリスト伝説があった。温泉のなかにあったマリア像が妙にこころに残った。古代史というのは謎深い部分をふくむものだ。  地名ひとつとっても意味深い。そんな楽しい帰省だった。今は昔。

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基地の町

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■基地の町(飛行機)

 

保育園・幼稚園に無縁の子供だったため、私には沢山の時間があった。

母から与えられたチラシ裏紙と1本の鉛筆、これが仲良しのともだち。

 

母親の洋裁作業の横で、良く「飛行機」を書いた。

しかし、たいがい謎の物体(オブジェ)になってしまう。

シュリュケンのような、あるいはヒトデのような形。

自分の中では飛行機だけど、誰にも分からん飛行機、謎の飛行物体。

 

こいつ本当に空を飛ぶのだろうか?

 

ソ連の恐怖時代で大きな米軍基地があった町だったから、地上から遥か空の彼方を飛ぶ軍用機・飛行機を見たことがあった。そのぐらいの知恵で描くと謎の物体が出現する。

 

あとは、裏の小川でメダカをとる、指がフヤケルほど川の中をさがす。

メダカのほうが圧倒的に利口だ。

 

*学校にいって……

 

舗装もされていない馬糞道の両脇にホッケ(🐡)が落ちている。トラックが運ぶ途中に山と積まれた魚を零すから、魚が道に落ちている、猫も食べないような状態だ。泥まみれのホッケにハエがたかる。私は針金を探して海にはしる。カニと蛸がねらいだ。

 

まず貝をとって、その中身を針金の先につけて、奴らの巣穴の前にブラブラさせておくと、蛸やカニがどこからともなく現れる。しかし、だいたい私の方が油断しているから、動きだけ観察して餌が無くなってしまう。だが、遊びには十分すぎるスリルだ。そうそう、やつらは烏賊が好きなことを発見した頃だ。

 

近所の男の子と一緒に海岸に走るときは、大抵、この遊び。

そんな近所の子は中学を卒業すると、大工になったり、集団就職で紡績会社に就職したりした。その流れもあって、今でも、夢のなかで一人海岸に走る。

 

海は圧倒的な「夢」を与えてくれた。水平線の彼方に自分の知らない世界がある。

ロシアの魚船、海上保安庁の大きな船、軍艦。ロシア人。米軍の軍人。轟くハーレーダビッドソン……。

 

大きな身体のアメリカ人やロシア人は子供心に恐怖だったが、リトルリーグでドジャースとかジャイアンツなど、大人のリーグと同名で、バスケや野球の日米対抗戦があった。身体の違いがモノをいい、必ず負けるのだが、とても年齢が同じには見えない広い世界を知った。これが私の冒険心に火をつけた(のかもしれない)、試合に負けて、感覚的(身体的)に広い世界を知ったころのこと。

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手製の焼じゃが

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■ストーブ

 

まだ、環境意識の希薄な時代のことである。

 

そいつが真っ赤になるほど石炭を放りこむ。

 

各住戸には玄関ホールとつながる「石炭小屋」があった。冬の本格的な寒さが訪れる前に、そのセメントで仕上げられた小屋に外部口から石炭を蓄える。その外部口と別に玄関ホールには、数枚の板が下から重ねられ一つのはめ込み型の間仕切となっている。

 

日々、小屋に積まれた石炭の山を少しずつ取り崩し、その高さに応じて仕切板を1枚ずつ外し、出入口を低くする。こうして段階的に石炭を取り出す仕組みがあった。仕切の板が一番下段になる頃、春がやってくる。うまく体積計算されていた。

 

その小屋から石炭を運びだすのが私の役目だった。

 

ピカピカと黒光りした石ころだが、中には艶のない奴もいた。そいつは黒いダイヤに見えない。どうにも個人的に馴染めなかった。石自体にエネルギーが感じられないことが、火力の無さに通じて仕方なかった。

 

自分が運んだ石炭だから、そいつを容赦なくストーブに抛り(ほうり)込む。これでもかとばかりにストーブの肌を真っ赤にそめる。自分の顔も真っ赤だ。このとき煙突菅にふれると火傷するから注意が必要だった。

 

石炭ストーブの下にあるレバーを左右に振って、赤い灰を落として、そのなかに畑から引っこ抜いたジャガイモを放り込む。適当な時間に芋を裏返し、ホッカホッカに仕上げる。「焼きじゃが」の完成だ。

 

ちょっと指で押し潰して焼き加減を確認する。あまり長い時間灰の中に放置しておくと回りが硬く焦げて食べる部分が小さくなるため、頃合いが重要だった。そのホッカホッカのジャガイモをポケットにいれて(ホカロン( `・∀・´)ノ走り)、外に飛び出す。

 

モコモコで大きな南極犬ジローがいた山田呉服店の横を通って、海を見にいった。

 

波が恐ろしくゴウゴウと寄せては引いて、一瞬だが砂浜にその日の波紋を描く。

真っ黒な雲がわき上がったり、空がパープルに変わったりすると、走って家路につく。

もちろん、すでにジャガイモはない。

 

バターをつけるというのが、いつからだったか? 覚えがない(笑)。

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■昭和

 

昭和、それはノスタルジックで人情感覚の濃い時代だ。

戦後復興と高度経済成長の交錯した頃のはなし。

「不安」と「希望」に溢れた時代でもある。

 

家にちょっとした大きさの茶色の「甕」があった。

そいつは冬の間、台所の流し台の横にポンと座っていた。

たっぷりと水が張ってある。

 

北国の冬は凍結による水道管の破裂が心配される。

寝る前に水道菅を元栓から閉めて水を落とし、管の中を空にして破裂を防ぐ。

水が凍って膨張する力はすごいものがある。

朝起きて、すぐに水道が使えないから、この「甕」が活躍するわけだ。

 

起きて真っ先に「甕」のところにいき、表面に薄く張った氷を柄杓の後ろで突く。

パリンと音ともに氷の表面に見事な穴が開く

ぽっかりと開く穴は吉。小さいほど大吉だ。全体が粉々に散ってしまうときは凶。

小学1年のときのマイルールだ。

 

割れた氷の欠片を摘まんでぱりぱりと食べたあと、水を飲む。

超冷たい。冷たさが急行さながら、ヒューンと食道を通って、胃袋の形状が分かるほどに内蔵に浸みる。

「吉」だ。

 

寒い北国での朝の出来事。

 

ランドセルを背負って走る。毎日中身は同じだ、全ての教科書が入っている。

予習もしない。二行読みの技を身に着けたからだ。

次の行に目を通しながら前の行を読む。分からない文字を考えるができる。

だから、毎日同じ中身で家ではランドセルを開ける必要がない。

子供の知恵。文字が小さくなった頃に失敗した(‘◇’)ゞ

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