ごめんですまないシステム品質

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時間を戻したい。

こう思ったことは何度もある。

しかし、一度も時間を戻せたことはない。

やり直しというのは、リセットではなく、積み重ねの範疇だ。

この豊かな経験値(のはず)を得た現在になって積み重ねの重要性に気付く。

結局、

やるべきことは、ポイントを絞って、大きく外さない。

これに限る。

適切なストレス。

だいたいの体調管理。

他人の不出来を気にしない。

丁寧に何度でも協調すること。

 

こんなことになる。

「人財」というのは簡単だが、育成は難しい。

いくらキャリアパスを形成し、教育プログラムを導入しても

失敗にまさる経験値(知)は出来上がらない。

企画は10回に2回の成功で万々歳。

 

だが、システム品質は企画のようにはいかない。リスクを多方面からチェックして、品質を担保しなくてはならない、適当とかいい加減の許されない世界だ。

特にインフラ系や金融系は~。

 

若いころ汎用機のOS設計に携わったお陰で(いや、100万ステップで二つ目の不具合で始末書を書かされて)強くなった。いきなり、アプリが動いている状態で端末のコンセントを抜かれ、試験課は鬼だと思った時代だ。

プロジェクトの環境が人を育てる。問題プロジェクト(モンプロであり、モンハンではない(笑))の経験が今に活きる。

 

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失敗を嘆くことなかれ!

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20220620

日曜日の夕方、ユーチューブを見ていた。

「全日本大学駅伝 関東地区予選会」である。

残念ながら、応援していた大学の本戦参加は叶わなかった。絶対に大丈夫と思っていただけに、この厳しい現実を前に考えさせられた。

「確実」が求められるなかでの出走人選の難しさ。複数の経験者で実績の高い選手が選ばれなかったなかで、初めてのメンバーも入っていた。結果的に初めて出走選手の記録が足を引っ張った。駅伝監督の立場になって考えると、様々なことを考慮しての人選だったに違いない。恐らく、選手よりも監督が一番不安だったかもしれない。

気になったのは、監督と選手はこの予選会に臨むにあたり、どんな話し合いをしたのだろう。どんな向き合い方をしたのだろう。ゲームプランのシミュレーションはどうやったのだろう……。

・選ばれた選手が当日の気候にどれだけ強いのか?

・重圧をはねのけるメンタリティの強さはどうなのか?

・直近の記録会で失速したスタミナは克服されたのか?

・前半の組の結果で後半の組はどのような作戦でいくのか?

などなど

 

こういったチェックポイントが、平常の力を出せるかどうかの鍵になったようにみえた。当日は蒸し暑かった。30℃近い気温で湿度も70%前後での開始だった。特に、最初の2組は日が照らすゾーンもあった。この環境は全参加者に共通ではあるが、個人の対応力の強さは全く別物だ。

監督業は、全体の資産をフル活用して結果を残す企業経営と似ている。

では、私ならどうしただろう?

勘に頼らずにデータでサイエンティフィックに人選したと思う。パラメータはたくさんある。当日の風や温度・湿度といった環境との相性、個々人のメンタルの強さや難所対応力や戦歴実績、直近の状態、怪我からの復帰状態や健康データ(筋力の状態など)のトレンドをデータベースとして構築し、フィードバック系のある判断プログラムに任せる、何とも味気ない話になってしまった(笑)。

だが、「確実」を求められる試合では、このシステムは頼りになる、間違いが少ない。その積み重ねを続けることで素晴らしい判断につながることは確かである。

確かに、やる気の測定は難しいが、やる気だけでもダメだからだ。

 

少し過剰に反応する自分は経営者に不向きと思った時代もあった。

向き不向きは大切なことだ。だが、過剰に反応するとか、臆病というのは、むしろ失敗しづらいと考えて気を取り直した。

それでも悩み、落ち込むことがしばしばある。

経営というのは予想外がつきもので、外部企業との関係性で成り立つ世界だから、そう自分の思った通りにはいかない。

計画が未達だと、その原因をつきつめ、解決プランのもとに行動するといった、PDCAサイクルを何度か回す。

いつしか、最悪の事態を想定しながら、準備を怠らなくなる自分が育つ。それでも簡単にはいかないから、数字が作れるまで、結果が出せるまで、多くの一次情報を収集し、選り分け、考えに考える。パフォーマンスを出すというのは簡単なことではない。

個人の状況、家庭の状況、取引先の事情、社会の情勢といくつもの要素のなかに自社が置かれ、なおかつ、結果を出さないといけない。だから、100%思い通りと考えると大失敗となる。想定外のときにどのように振舞うか? この対応力が重要となる。同時に相手の資産を活用してキャッシュを得るような虫のいいビジネスは長続きしないから、最初から考えない方がいい。紹介していくら、みたいなビジネスのことである。

それぞれのプランに余裕をもてるぐらいの、自社のビジネスモデルをどう作るか?

ここにフォーカスして、少ない資産を集中させる。ビジネスモデルというのは魔法の杖だ。できればキャッシュを生む自動製造機になってほしい。こう願う。

その事業にとって、いま、何が最大のポイントなのか?

この一点で方策を練る。

それから、相手の立場になって、考えて分かり易い伝え方になっているのかの点検も怠らない。伝え方・見せ方で結果がかわってくる。

以降の駅伝イベント参加では、コンピュータが推測を苦手とする、開き直りの度胸をもって勝ち進んでもらいたい。なお、若いうちの失敗は人生の宝だと思う。結果的に失敗した選手もその宝の価値に気が付く日がくることでしょう。また、弱さがあるのが人間であることも……。

 

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<こころが満たされた状態>

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20220616

 

多くのヒトが、いつでも、安穏なこの状態を求めている。

恐らく太古の昔から~。このこころの状態を【しあわせ】と呼んでみよう。

 

かなり定性的ではあるが、悲しみや苦しみからは「こころが満たされた状態」は生まれてこない。簡潔に「笑い・笑顔」のことだ。

 

以前、【しあわせ】の定義をいかにもシステムエンジニアらしく、分析的に書いたことがある。生きがいをもっているとか、経済的に問題ないとか、他人とうまくやり、かつ、健康だとか……。

 

しかし、最近はちょっと、この考え方が変わった(笑)。

もっと、シンプルでいいのではないか?

別に貧乏でも、病気でも、もしかしたら、【しあわせ】を感じることができるのでは?

こう思うようになった。

こころが満たされる、このことにフォーカスした。

結局、エンジニア的にいうと、インプットとなる様々な情報があり、それを脳でプロセス(処理)して、結果、笑顔のアウトプットが生まれる。そうならば、逆にアウトプットがジーンと「感激」し、「感動」し、「笑顔」がこぼれるための、インプットとプロセスを考えてみよう。

 

インプット情報の入り口は、眼、耳、鼻、口、皮膚のセンス(覚)できる器官であり、プロセスが脳となる。仏教的には六根の表現である。見るもの、聞くもの、嗅ぐもの、食べるもの、触れるものにより、その結果、嗚呼、美しいとか、楽しいとか、気持ちいいといった「感激」や「感動」につながっていく。

 

ここでは、お金がないとか、足がしびれて痛いとか、自分の置かれた心身状態に関係なく、喜びは湧き上がってくるのだ。これを【しあわせ】と言ったら、シンプルすぎるだろうか?

 

従来の私の主張のように、自分のおかれた環境のあり様を条件にすることもあるだろうが、こころはその条件を満たしていなくとも、存在し浮遊している。だから、こころの満ち足りた状態は、いつだってフワフワとやってくる。逆にこころが不足に思うことは、どんなに健康な人にでも経済的に裕福な人にでもやってくる、こころの満足とはそういうものだと、つくづく思う。

 

会社は、たしかに、採用責任の意味からも、一人ひとりに対して、健康留意、金銭的満足感、コミュニケーションの在り方、モチベーションの維持を日々いっしょに考えて、長い時間実現させようと努めている。個々人の心身ストレスを抑制する環境的・経済的な境遇をつくろうとしている。そこにおいてすら、いつだって、考え方・ものの見方が大切になってくる。だから、従来にくらべると自由度が各段にアップしている。

 

あるヒトは美しい景色を前にシャッターを切るとき、またあるヒトは大好きなクラシック音楽に耳を傾けるとき、さらに、美味しいお料理をつくりお友達と食べるとき、お掃除してピカピカのキッチンを眺めたときなど。

 

それが【しあわせ】を噛みしめる瞬間なのだ。

 

そこに美しい数学的・哲学的なロジックをつくったときや苦しんだ末のバグの原因を発見したとき、みんなで飲んだバローロの味なども加えてみよう、えっ、無理(笑)。

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■期初に思う

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■第12期のスタートにあたり

 

この時期は何かと慌ただしい。決算数字を確認して、その実績から中期経営計画の見直しを図り、次の一年と中期の方針(施策)を検討(見直す)するからである。

ビジネスモデルは流転する。社会の変化に応じてモデルをチェンジさせていかねばならない。変革すること、変わってはいけないことをふるいにかける。

 

人、組織、BS/PL計画数字の根拠(行動とのリンク)、集中すべきことと流してもいいこと。要素別に整理することが何より重要となる。整理は取捨選択。整頓は美しく見せる表現。第11期の施策は的を射ていた。物価高の予想から、処遇改善にポイントを置いた。賞与の平均支給月数を上げ、テレワーク手当を制度化した。このテレワークは意外に経営に大きな影響を及ぼした。

大宮支店(設計支援事業)はテレワーク型労働で全ての業務が回ることが確認され、閉鎖した。前向きな閉鎖である。場所に依存していた業務が場所から解き放された。同時にオンラインワーク社員として全国でテレワーク社員の募集に踏み切った。これも社会変化の影響である。背景(基盤)となったのはセキュアなネットワーク社会インフラとネット会議アプリの普及である。

 

また、この国の年金不安は拭うことのできない将来不安である。大手企業は厚生年金基金や自社の運用制度があるから中小に比べると安心である。そこで、山椒は小粒でも……の諺ではないが、小さな会社でも手厚い「iDeCo+」の運用(会社支援)に踏み切った。

 

「企業は人なり」 そう考えると、会社制度としての不備や文化としての企業遺伝子(価値)継承という点では、まだまだの状態である。自立した個人。考えて道を切り拓く個人。そして、有機的なつながり。裁量。……。それらの基盤となる戦略実行が出来ていないことを経営者として認識し、少しずつ企業価値(企業ブランド)向上の道を歩んでいきたい。

 

 ◇第12期:新規取り組み方針

  • リノベーション事業の基礎作り(住宅事業)
  • 【住宅AI】テーマ探索から実証(IT事業)

 

第11期の決算書を前にして(第12期の期初にあたり)、そう思う。

 

2022年5月 北上 義一

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幸せと経営

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社員も私も幸せが大切である。実にシンプルなことだ。

それが充実につながり、仕事の背景になる。

ここで「しあわせ」の定義を行う。

幸せとはどのような状態か?

お金? 仕事? 彼女? ノーだ。

もちろん、単一な要素ではない。

しかし、順序も含めて考えてみたい。

1.健康であること

病気になると全てがダメになる。なぜか?

病気は死の入口だから。死は現状との別れだから。誰しも異論がないだろう。

 

2.経済的に困っていないこと

この世の中は経済的な自立なくして、過ごせない。

衣食住すべての基本は経済的な要素をもっているから。

多少の余裕が必要だ。

 

3.やりがいをもっていること

何かに傾注して夢中になると時間を忘れ、魅力的な姿になる。

このように向上することが充実であり、満たされることになる。

 

4.敵を多く持たないこと

争いは益をもたらさない。議論と争いは違う。

ヒトはヒトを許し、譲ることで存在できるからだ。

 

5.良い孤独を持てること

どういうことか?

人格的な成長は孤独のなかから生まれる。

難しい表現になってしまった。唯我独尊:自分自身を尊重できることで他人を尊重できる自分になる。それが孤独。

ストレスに強い個になることだ。

孤独は不安や寂しさとは違うことだ。言い換えると精神的な自立

さて、この5つの要素を満足したとき、私は「幸せ」を感じる。

どれが欠けてもいけない。

なぜ、幸せでなければいけないのか?

それは、生きる目的であり、死ぬ目的だから。

家庭をもつことは、思いやりや共感力を涵養する訓練であり、自分が成長するためのチャンスである。

そして、思いやりは心の豊かさにつながる。

相手を尊重して認め合うことは、いざというときに頼れるパートナーとなり、人生を充実に導く。

家・ホームを扱うビジネスに絡む以上、幸せでなければいけない。

そう考える。

頭脳明晰で優秀な方はたくさんいるけど、幸せなヒトが案外少ないかもしれない。

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幻想と経営

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何か企画するとバラ色の絵を夢見ることが多々ある。

しかし、実際は反応がないのが現状。

何故、ここまでひどくバイアスがかかるのか?

期待と現実の間のロジックが欠落するから。

期待の裏付けがないのに、頭が先行してしまうから。

時間軸を考えて、行動手順・マイルストーンを置かずに、直ぐに幻想がひょっこり顔を出すから。

……

などなど

幻想というのは厄介である。

酔いしれる要素たっぷり、すぐに酔いは覚める。

 

経営から幻想を取り除く方法は何か?

「数字」、「データ」、「助言・苦言」である。

まさに統計上の母集団の理解不足だ。

 

弊社であれば、購入者履歴を緻密に解析する。

これによって、相手の顔が見えてくる。

押し付けはできないから、買っている人の理由を理解することなく、企画はできない。

このとき、過去に外れた企画が有効な材料になる。

なぜ、こちらの思惑が成就しなかったのか?

一方通行だった訳は?

 

幻想的な経営は厄介です!

 

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【日傘と雨傘】

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金融機関の皆さまには申し訳ない話題。

もちろん、金融機関個人の方に何の責任もないことは十分に承知のうえだ。

経営に日傘は不要である。

と言っても最近は太陽光の害毒・紫外線注意報があるくらいだから、この表現は不適切かもしれない。

本当に困っていないときにと言い換えよう。本当に困っていないときに借入は必要ないと。

借入も実力のうち(なるほど)。

NOVEMBRE – CERVIA

ところが、私の経験だが、創業間もないころ、本当に会社が困って資金繰りに奔走したことがある。

アチコチに金策に走った。

ところが、皆、ノーだ。

いくら将来性を説明しても聞く耳をもっていただけないことが分かった。

途方に暮れ、首を垂れて電車にのったとき、目の前に知人がいて、結果、その人に助けてもらった。あの偶然がなければ今の会社は無かった。大変ドラマティックな話だが、事実。困ったときに助けてくれたのは、金融機関ではなく、知人だったとの事実。

その後、常々、私のなかでは、知人友人を大切にし、人と人との関係性を大切にすることにしている。

確かに雨の降ったときに傘は必要だが、傘を差しだす金融機関はなく、困っていないときに、傘を差しだしてくる。何やら、「陸王」の話のようになってしまったが。このことを素直に教訓として、社会に足を踏み入れることが経営である。

 

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【事実を素直にみる】

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事実には沢山の真実が隠されている。

日々の行動の結果が事実として数字として表に出てくる。

どういう訳か、経営者の心の油断など、直ぐに財務諸表に出てくる

困ったものだ。

経営者がエエ恰好しようと思えば、なんぼでもできるが、事実としての数字は悲惨になる。

逆に無骨で格好の悪いぐらいが、求めるちょうど良い数字。

主観性の高い本当のことに比べて、現象となる事実は、歴史的に歪められることも多々ある。

現象面にすぎず、そこに至る論が勝者の論に置き換わるから。

解釈の背景には解釈する人の経験が存在する。

同じ事実としての現象を見ても判断する人によって解釈(真実)は異なる。

 

会社の経営結果としての決算書は事実の結集だ。

しかし、そこに至るプロセスの積み重ね、背景などは、案外分からない。

説明のなかに真実は埋もれている。エッ、はい、言い訳にすぎません!

 

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【経営者の才覚】

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先日の役員会で、社外取締役で元ミサワホーム専務の加藤役員から、中期経営計画の資料を前に

北上さんの資料はコンサルティングのヒトが作るように格好がよくて、騙されてしまう。こういう発言があった。確かに的を射た問いである。だからこそ、「根拠」にこだわる自分がいる。

さて、その形重視の私が考える、経営者像だ。

これは多くの成功した経営者像が巷に溢れているので、議論余地がないかもしれない。

しかし、敢えて考えることにした。

経営者で必要な能力・性質は何か?

「ケチ」であること。

これは重要な性質である。

なぜなら、ケチに端を発して、健全財務につながると信じているからだ。

無駄をしないとスマートに言っておこう。

次に「疑い深い」こと。

何でもかんでも信じてイケイケのタイプもあるが、なるべく信じない。信じるに足る要素をたくさん集めて判断する。このスタンスは重要。

この「ケチ」と「疑い深い」の2要素を挙げた理由は、自分に持ち合わせてないからだ。

つまり、ここで私は経営者に不向きだということが分かる。

不向き故に、努力していることになる。

さらに、「オン」と「オフ」が切り分けられること。

これも苦手だ。

休みもずっと仕事のこと、会社のことを考えている。

「ネェ、聞いているの?」

怒られえる所以である。

才覚のない経営者は、自分に才覚のないことを自覚することで、良い経営者を目指すことができる。

側近に才覚のある人材を揃えるからである。

これが側近もダメ、自分もダメなら会社の行く末は決まったもの。

弊社は側近が優秀なのでご安心を。

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【費用と資産】

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なるべくなら費用処理して将来にツケを残したくない。

これは経営者の常である。

しかし、状況によっては、資産科目も役立つ。

ソフトウェアパッケージの開発提供を前提にすると、そこにかけた費用は、ソフトウェア仮勘定に入れて、完成時にソフトウェアとして資産処理する。減価償却は将来へのツケのようなものなので、できれば、その時に費用として処理したいのだが、、、。時に先送りしたい(笑

税務的に説明が問題ないことが条件である。

その税法の前提もあるが、企業の体質も垣間見られる処理科目である。

で、ソフトウェアの件だが、ソフトウェアは資産として償却対象になるが、本当に資産かというと、個人的には疑問符がついてくる。金型とは違うわけだ。

言い換えれば、再利用性など低いものばかり。マテリアル・ノウハウは、個人の頭のなかにあるからだ。

誰が他人の書いたコードを解析してまで使うのだろうか?

25%、30%の流用度ならゼロから自分で作るのが技術者。

こんなのは資産じゃない。

だから、この科目の金額が大きい会社はツケを先送りしている可能性がある。

もちろん、弊社はピッコロだから、関係ないのだが。

本当に資産価値の高い資産をもてるようになりたいわけだ。いつの日か。

 

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