天才

幼少期の子供たちは皆、天才

 

「純粋」

「正直」

「素直」

 

この本質を崩していない子供たちは芸術家である。天性の才がある。

 

“線一本が芸術” こう語った詩人大岡信の言葉を思い出す。

 

なんせ、子供たちの絵はどの絵も線が違う。感嘆ものだ。

線、そして、色においても……。

 

 

少しずつ、歳を重ね社会慣れするにつれ、生き抜く知恵がつく。

このことが、「純粋」、「正直」、「素直」を薄れさせる。非凡から凡の航路である。

欲 > 純 、の関係。

 

 

子供たちの天才ぶりは、創造力において群を抜く。

大人への航路は、船酔いがひどく、創造力が弱体する旅だ。

ただ、幼少期の目に飛び込む環境(形状、素材)が人生にインパクトを残すケースも散見される。

草間彌生

種苗屋さん、タネ、植物・・・。

ドット的な環境。ドット的な生き方。

 

 

加齢を重ねると行動がルーチン化してしまう。

ガタや揺らぎが少なく、創造力もそうだが、行動のルーチン化が加齢に拍車をかける。

子供の行動は不可解で揺らぐ、そういう、創造的周波数をもっている。

 

 

デザインとシステム

■美のシステム化

 

建築(住宅)デザインにおいて、「美」はシステム化できる。

“美しい”を定義して、システムで評価し、美しいデザインを提案する。

 

いかにも人間特有の所作に思えるが、「美」の標準的な要素のロジック化は可能だ。

もっと言うと、デザイナー〇〇、△△のフィルタといった特徴もセットできる。

 

私自身、マルチメディア系の研究会以外に複数の研究会に所属していた。その中に、1/fのゆらぎをもとにした「感性工学研究会」がある。この研究会では脳波とデザイン(美)を研究した。瞑想などで使う音や環境映像もそうだが、一般の風景写真やネクタイ柄など、デザインを周波数として、そのゆらぎから、デザイン性、心地よさ、快適性を評価した。

 

それから、「形の文化会」。こちらは文字通り文様や街角に溢れるデザイン(シグナル)をウォッチして、観察を楽しんだ。イタリアのアチコチでドアノッカーを撮りまくったのは、この研究会員時代の名残だ。ちなみにノッカー素材としては真鍮が多い事、ドアのノック回数は国際標準があって4回ということも学んだ(笑:余談)。

住宅外観のデザインの良し悪しをシステムで評価するパラメタは、シンメトリック性、視線の長さや動き、相似性、黄金分割、水平ライン、垂直ライン、三次元空間を広く見せるテクニックなどがある。これらを的確に盛り込んだ知的CADが登場しなくてはならない。もうその時期だ。建具の自動配置で満足せずに、敷地のワンクリック入力、まとめたコストダウンの仕上表の松竹梅など、使えそうな数理モデルも数多くある。私の若いころはアフィン変換のような特徴抽出処理やアトラクタの形による特質などを秩序として、アプローチしていた。

 

色も同様に美しい組み合わせがある。色彩工学、自然言語との関係性など、こちらも研究が深まっている。形、色とヒトの五感において、眼から入る視覚情報が脳に与える影響の割合が大きいことは承知の事実である。

 

デザイン(ライン、面、形、色、組み合わせ)もそうだが、住宅の間取や設計の自動化を深く考える仕事をしていると、一つひとつの人間の営みが美とつながっていることが良く分かってくる。

 

 

美しく歳を重ねる。

美しく生きる。

美しいデザインが分かる。

美しい言葉づかい。

美しい振る舞い。

 

美しい……。素敵に……。

 

私にとって、月々の決算書も【美しさ】を追求するテーマの一つである。

負債の中にも美がある(笑)、こう言いたい。

ミケランジェロ

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ラオコーン
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ダヴィデ像

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■失敗できない削り出し

彫刻といっても創造方法は様々です。石膏、粘土、土などをコネてペタペタと塊を組み上げる方法は足算的手法ですが、石や木などを削り込み、目的の作品に仕上げる方法は引算的です。

ミケランジェロのアプローチは言うまでもなく、大理石の塊のなかに掘り出すべき対象を見いだす引算方式です。

何年もかけて少しずつ根気よく大理石と向き合うことになります。彼は絵画にも建築にも道具作りにも卓越した才能を持っていたようです。が、あくまで「彫刻家」にこだわったことが理解できます。失敗の許されない方法での作品を作りだすからです。やり直しの効かない方式で完璧を目指す手腕。見事としか言いようがありません。西洋美術史のトップに君臨する、まさに神・芸術の世界です。

■ダヴィデ像

有名な1504年完成のフィレンツエ共和国の象徴ともいえるダヴィデ像(世界中にレプリカがあります)は、彼がまだ20歳代のころの作品です。5メートル以上ある石の塊を自ら大理石の採掘場にでむき、運び、削り出した作品です。

私はフィレンツエでレプリカを見ました。アカデミア美術館に本物を観に行く時間がなかったのが悔やまれるところです。

今回、上野で開催されている展覧会は、「ミケランジェロと理想の身体」。

目玉の作品は2点です。「ダヴィデ=アポロ」と「若き洗礼者ヨハネ」です。

写真はダヴィデ像。今回、写真撮影がOKだった「ラオコーン」、そして、ミラノで撮影した作品を掲載します。

上野公園で涼をとりつつ、ミケランジェロの芸術作品にふれて見てはいかがでしょうか?

 

 

ブルーノ・ムナーリ

p1040419昨日(20180603)家内と二人でドライブがてら、神奈川県立近代美術館(葉山)の企画展、BRUNO MUNARIを観に行ってきました。

初夏を思わせる強い陽射しのなか、葉山御用邸の隣にある美術館に到着。海岸線から吹いてくる心地よい潮風を受けながら、中庭のオブジェを横目にいざ美術館の中へ・・・。

大勢の来館者といっしょに、キュービズム的な分解構成力のある絵画作品にはじまり、書籍の表紙のデザイン、とても楽しくなる動きのある機械工作、絵本、厚紙工作、連続的なデザイン構成作品、そして、複写機を利用した作品、コンパスなどを多様した作品など、見事な表現力を目のあたりにしました。

p10404062印象的だったのは、非常に哲学的な背景を強く感じたことです。といっても難解な要素はありませんが・・・。

確かに、子供が楽しめるような、リラックスしたストレスレスの作品ではあるのですが、作者のとても深い思考力、親切心、優しさが一つひとつの作品に強く感じられました。だからこそ、プロダクトデザイナーであり、児童教育家であり、家具のデザイナーであったのかもしれません。u56f35

表現することの意味。作ることの意味。そして、鑑賞する楽しみの伝道師のような存在を感じる作品でした。作品を鑑賞後、散策をしながら、海岸に降りる小径を抜けるとキラキラと輝く海が目の前に広がります。既に多くの海水浴の方で賑わっていました。

ブルーノ・ムナーリは、イタリア北部で生まれ育っています。伝統的な芸術国家であるイタリアの中にあって、前衛的な未来派運動に加わっていきます。作品は道具との対話でもありました。定規やコンパス、時に複写機がそれにあたります。帰りにショップに寄りました。残念ながら、カタログは売り切れでした。

「芸術家とデザイナー」という書籍を買ってきました。芸術家とデザイナーの違いを彼の見事な分析力、表現に浸りながら、読んでみたいと思ってます。

 

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海外に続く小径

 

 

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葉山の海を楽しむヒト