おかしいだろ、昭和!

■おかしいだろ、昭和!

 

山村さんのことを書いて、思い出したことがあります。

それは彼の正義感の強さを思い起こした時、私の正義もどき(笑)事件を思い出しました。

まぁ、誰しもにある少年時代の一コマでしょうか。

 

他人に殴られたことは、人生で一度です。

忘れもしません、中学2年の時でした。

 

その日、体育館で全校の生徒総会が開催されました。

 

私は前列に近い椅子に座って、その退屈な時間をなんとか過ごしていました。

総会閉会時に、配布された資料がビリビリと破られたり、丸められて、床に無数に散乱していました。

田舎町の全校生徒1000人超の中学校でしたから、悲惨な散らかりようです。

 

怒った進行係の教師が床に資料を捨てた者、前に出てくるように、こう言いました。

私は「あちゃー」と思いながら、スゴスゴと前に出ていきました。

 

そこに驚くべき光景が生まれました。

 

格好をつけるつもりは勿論なかったのですが、

「えっ!」

なんと、前に出たのは私ただ一人でした。床に散らかる紙屑と私、異様な光景でした。

 

その後、何度か促されて、ポツリポツリと数が増え、散乱した紙を拾い集め説教されて散会。

その後、それぞれの教室に戻り、再度、この件が問題になり、

真っ赤な顔で怒った担任の教師から、私が教壇に呼び出され、皆の前でビンタをくらいました。

見せしめというのでしょうか、さらし首かなぁ。。

身体の小さかった私は、よろけて壁ぎわまで、飛ばされるほどの激しさでした。

 

まさに、昭和時代のアルあるです。

それから、心に痛みが残りました。

勉強に身が入らない状態(特に担任の数学)がしばらく続き、

幸いにも、父親の転勤で、その学校と別れを告げました。

 

なんだろう、昭和ならでは、かなぁ。。。

私はその時、学級委員長でした(笑)、そのあと、不良グループのタバコを吸うような強面の連中がやってきて、

理由もなく、仲良くしてくれました、そんな(おかしな)連帯時代・・・。

 

昭和の時代は、躾と暴力の境界が曖昧だった。

そして、正直は友を作るでした(笑)。

大相撲 青い目の侍

■安青錦(アオニシキ)

 

私の小さい頃、田舎の人々の楽しみの一つが大相撲を観戦することでした。

すでに年6場所制になっていましたから、寒い冬でも定期的に楽しみが来て、ゆったり時間を過ごせたわけです。

ご当地力士も多かったこともあり、大人気でした。白鵬時代です。

 

随分と前ですが、知人の出版企画会社から、相撲に関する本の原稿を依頼されたことがあり、

調査のために、部屋の朝稽古に行ったりして、力士と一緒にちゃんこを食べたりしました。

両国国技館での観戦もしたのですが、お金がないので、早朝に行って、当日券の整理券をもらい(400席ぐらい)、

それで、一番最後の高いところにある一周一列の席のどこかをゲットして、観戦してました。

 

高いところから覗く格好で、土俵は小さく見えるのですが、雰囲気はリアルにつたわってきますので、それを楽しんでました。若貴時代のころです。

その後は、ずっと、ぼんやりとしたテレビ観戦でしたが、今年は違いました。

いわゆる「推し」ですね。相撲の押しと重なっていい言葉です(笑)。

 

推しは、安青錦、伯桜鵬、義ノ富士、藤の川という若くて元気のいい力士達です。

伯桜鵬は、まるで、ちばてつやの漫画に出てくる主人公のような顔、目つき、歩き方なんです。

しかも、太もも裏の筋肉が半端ないです。ぽっこりして。

元関脇 琴ヶ梅のふくらはぎを彷彿とさせます(笑)。

この風貌は将来性抜群です。義ノ富士も横綱を一気に一直線にもっていく力がありますから、楽しみです。

その中で、安青錦がやりました! 初賜盃です。

 

来日、3年半。入門から13場所で関脇、そして、大関か・・・。

ルートの一部になった、関西大学の山中新大さん、報徳学園の元相撲部監督、福田耕治さんらの大金星かも知れません。

何より、本人の相撲熱意が安治川親方(元関脇安美錦)を動かしたんでしょうね。

ユーチューブを見て、相撲を勉強していたぐらいですから・・・。

一部屋1名しか、外国籍力士は取れないわけですから・・・。親方の英断です。

 

ウクライナ出身で安治川部屋という伊勢ヶ濱(73代横綱、照ノ富士)一門の21歳の力士。

この一年、連日満員御礼の取り組み全体の結果で最も安定感のあった相撲取りでした。

11勝4敗を幕内で続けて、そして、この11月場所でしたから、安定感抜群です。

 

一年の納めの九州場所で念願の初優勝、大関昇進が確実視されています。

ウクライナといえば、王鵬の祖父、横綱 大鵬さんの父親もそうですから、大鵬以上の横綱になって欲しいです。

「巨人、大鵬、卵焼き」が昭和の流行語でしたが。

「大谷、安青錦、ハンバーグ」が令和の流行語になるやもしれません。

 

運命的にも少し被ります、大鵬が乗船の船を母親の体調不良で下船(稚内)した後、沈没(留萌沖)してます。

安青錦の場合も、国立大学を受かっていながら、徴兵制のギリギリ前に国外に出たわけですから・・・。

 

強くて、格好いい、青い目のウルフ(侍)

大相撲人気を爆上げするスター性があります。

スー女が増えること間違いなし、ですね!

国際的に暗いニュースが多い中で、明るくて、前を向けるニュースです。

 

解説の舞の海さんの言葉、

「千代の富士のような強くてスピード出世の力士はもう出てこないと思っていましたが、

出てきましたね!!」  この言葉が相撲界のいまを的確に言い表しています。

 

安治川部屋で唯一の関取、しかも、伊勢ヶ濱一門という、

その他要素(旭富士(青森)、照ノ富士、白鵬、安美錦・・・)のある一門に華を添えました。

付人も一門の浅香山部屋の力士(魁佑馬)だと思いますが、めっちゃ泣いてましたね。

 

優勝パレード、同じく一門の熊本出身で技能賞に輝いた義ノ富士(草野)が優勝旗をもってオープンカーの安青錦の横に座りました。

伊勢ヶ濱部屋も伯桜鵬、義ノ富士、熱海富士、錦富士など、相撲内容が良かったですから、親方も嬉しいでしょうね。

伊勢ヶ濱一門は、青森にゆかりが深いです。

部屋の年寄宮城野、元横綱旭富士が、本名杉野森さんです。照ノ富士も日本国籍は杉野森の苗字で取得したくらいですからね。安治川親方も親戚ですし。

ちょっと、非主流派・伊勢ヶ濱一門から、目が離せない相撲界ですね。

法人として、広告宣伝費(懸賞金)を使いたい心境が理解できる今日この頃です。

山村さんのこと

■創業期のはなし

ローカルな話題ですが、私にとって、大切な創業期監査役の山村好男さんのことです。

出会いは、平成3年(1991年)でしたか、私がM研究所のマルチメディア研究室長だった頃、

彼がソニーで映像の部長をしていて、業界のフォーマット標準化の会議で知り合いになり、

一つ違いの年齢もあって、時々食事に行ったり、一緒にビール片手に神宮球場で野球観戦をしていました。

 

ある時(2002年ごろ)、赤坂見附でランチをしよう、となって、お会いすると、

うなぎを食べながら、突然、会社を辞めて弁護士になろうと思う、こう切り出しました。

40も後半に差しかかる年齢の時です。

手帳にぎっしりと勉強スケジュールが書かれていて、休みなく勉強に打ち込むとのこと。

彼は早稲田の文学部卒だったから、法律家はかなりのチャレンジでした。

その時、私は 「誰かに相談した?」

「母親に相談したよ」

「で、なんだって?」

「あなたなら、大丈夫でしょう!」

「一番よく知っている人間がそう言ったなら、間違いなく、大丈夫だよ。頑張って!」 と私。

4年経過した年の年賀状に「受かったよ!」のメッセージ。

それから、修習期間を経て、見事に立派な熟年弁護士になりました。

 

私が熟年チャレンジで2011年の起業時にお願いして、社外監査役に就任していただき、

役員会のたびに、お互いの家庭のことなど、公私にわたり相談相手になってもらっていました。

その正義感の塊みたいな彼が、事務所を開設し、ちょっと疲れているみたいだったので、

色々と体調など心配して弁護件数など、少し減らしたらどうか、などなど助言したり、・・・。

心配していた矢先に、事務所から訃報が飛び込みました。

もう9年前のことです。まさかの突然の別れでした。

 

私の創業は、商品や取引先など何もない白紙状態でのゼロ創業でしたから、創業3年は火の車でした。

赤字も8000万円を超え、銀行にいたっては、信用保証をとっても、つぶれる会社には貸せないと窓口で断られ、

自身の給与も取れず、家の資金を全部つぎ込み、周囲の人たちに助けられて、なんとか浮上の形ができました。

「沈む船には乗れない」、そう言って、社員はどんどん退職。

私を含めて3名になり、天井の落ちそうな小さな暗い廊下のオフィスに移転。

始発電車に乗って出社し、必死に1円を大切にする節約経営を始めました。

 

山村元監査役には、

いよいよダメかもしれないと、覚悟を決める場面もあった時代に、手弁当で随分と励ましてもらいました。

まさに仲間、戦友でした。

 

寒くなると、ふと思い出します。

最後に届いた彼の軽やかな文字が彩る年賀状には、

戦争に対する危惧(ニーメラーの警句)と

初孫をえた句が詠まれてました。

 

かろきともまた重きともこのいのち抱き取ってみるわが血脈の

銀次郎

 

「もうひと頑張りしよう!」

こう辛かった時代の原点に戻って、勇気を奮ってます(笑)。

業種区分

■業種区分

 

会社経営で、しばしば行政アンケート時に必要な情報として、会社の業種区分がある。

取り分け、弊社は、複数の事業体があるため、【卸業、ソフトウェア業、建設業、サービス業】と選択に悩んでしまう。

 

したがって、時々、業種区分一覧を眺めてため息を吐くことになる。

 

さて、いくつかの市長が話題となっているが、

業種区分で言うと、ラブホテルは、旅館・ホテル業には分類されない、接客娯楽業である。

その他の接客娯楽業でソープランドと同じ区分になる。

つまり目的的に男と女の関係の人たちが行くことが前提なのだ。

明らかに普通のホテルとは異なる。単純な話である。

 

警視庁の風俗営業業種一覧にも登場する。

店舗型性風俗営業で

1号がソープランドで4号がラブホテルである。

立派な風俗業であり、名前にホテルがつくだけで、通常のホテルではない。

 

この場所を選んだ段階で男と女の関係と言ってもいい。

 

市長の責任としては、どうか?

 

市政にどのような障害・影響があったかで決まるのだろう、倫理性は除いて。

密室の世界で何をしてたかは、論点ではない。

 

話題を活発化しているのは、明らかな嘘を揶揄して、弁護士資格の人間性を煽っているわけだ。

市長といえども、法に触れてなければ、公務を離れれば、プライバシーの問題である。

 

市民は、今回の騒動のやりとりを踏まえて、選挙の際に誰を選ぶのか、となる。

平然と嘘をついたり、自分勝手な行動の候補者を選ぶのだろうか?

できれば信頼できる人に市政を任せたい。

分かりやすく「伝える」の大切さ

■分かりやすく「伝える」の大切さ

同じ品物が「安い」とわかる人は、時々、それを買ったことのある人だ。

普段、それらを買ったり興味を持って触れていないと「安い」、「高い」はわからない。

例えば、スーパーで買い物をしたことのない人に、

「北海道のおかめ小粒納豆3パックが105円だったけど、安いかな?」 こう聞いても、「はぁ〜?!」となる。

価格変動の激しい野菜なら、なおさら??だ。

値段・価格というのは、そういうものだ。

「安い」から売れるを進めるときは、「安い(良い)」を誰にどう伝えるかを、よくよく考えないといけない。

さらに、人は比較の中でしか、「安い」を認識しない

だから、常にベンチマークが重要となる。

同じものが

A社で120円で、

C社で115円で、

我が社は105円と表現すると、「安いね〜」、「いいね」となる。

比較して初めてわかるわけだ。

また、ひとつの「安さ」はサイト全体に浸透する。

逆に言えば、目立って「高い」商材があると、すべてが「高い」のでは? こう疑われてしまう。

しかしながら、 「安い」だけで「良い」とはならないこともある。

それが提供者と購入者の「関係性」だ。

相手を信頼し、信用関係が高い場合は、多少安かろうが、関係ない。

知らないところ(人)からは、買わない。

では、この知らない人に信用してもらうにはどうするか?

会社の信用、営業の人間の信用、サービスの質・・・、これが重要となる。

初回購入の壁とも言い換えられる。

会社の信用は、資本金や取引先企業名、事業の継続年数、財務体質などで判断される。

一方、普段接している(営業の)人間の信用は、 商品知識と人柄、言葉の使い方、丁寧でスピーディな所作、 熱い気持ちなどが相手の心を揺さぶり、信頼となっていく。

「良い」分かりやすく、どう伝えるか? ここを工夫することで、『売れる』になるわけである。

「考えて、考えて、考えて」ことにあたるのが大切である。