夢の中で

🔳夢の中で

睡眠誘導剤

眠れない時に飲む薬のことだ。

 

しかし、これに副作用が生じる薬剤がある。

かなり、被験者の個体差はあるようだが、事実、ひどい副作用が生じた薬があった。

この薬の副作用は嫌なものだ。

副作用の正体は「悪夢」だ。

 

「悪夢」とひとくちに言ってもわかるまい。

 

ヨクもこれほどまでに「悪い出来事」の引き出しが脳の中にあるものだ、こう感心するぐらいに

 

毎夜、違う悪い出来事が夢となって現れる。

 

となると、ガバッと起きて恐怖で眠れなくなる、まるで書くのを憚るぐらいに恐ろしい。

・電車に轢かれる夢

・気持ち悪い無数の虫のなかに落ちる夢

・いけどもいけども、出口のない迷路に入り込む夢

・大きな刀剣で切られる夢

‥‥‥

 

そこで、主治医に頼んで服用薬を変えてもらう。

悪夢はなくなったが、過去に出会った人がよく出てくる夢をみるようになった。

 

たった数回しか会ったことのない人も登場する。

気持ち悪いので、思い出すために、記憶の粘土をゆっくり逆回転して、なんとか思い起こすこともある。

 

あぁ、あのとき打ち合わせした、料理教室の⚫︎⚫︎さんだ!

 

【 あのひと誰だ? 】

わたしの夢の中に何回もでてきて、いかにも親しそうにするけど、

いったい誰? これが最近の悩みだ

白髪、眉も白く、ふっくらした顔、メガネの奥の円弧を描き笑っている目

う~ん

 

 

夢って、不可思議です。

そんな具合に小説のストーリーのように、結構、色々な人々に遭遇しています。

遭遇パワーがレベル3です(笑)!

 

一つだけでは多すぎる

🔳ひとつだけでは多すぎる

作家、ウィル・キャザーの言葉

「ひとつだけでは多すぎる」

ひとりでは多すぎる、ひとりでは全てを奪ってしまう

恋人のはなしはさて置き、

単一に全てを捧げると失ったときのダメージが大きすぎる、こういう話である。

 

 

弊社の事業はいくつかのセグメントに分かれている

「わかりづらいとか、どうして?」

こう質問をうけることもある。

 

で、

「社会環境でひとつがダメになっても、他がよければ会社は成長できる」

これが、ギャザー的な返答だ。

 

事実、建材販売からスタートした事業だが、モノが高い安いだと、買い手とのつながりが薄く、

ネットが主流になるとすぐに廃れるビジネスモデルだ。

 

もちろん、抵抗はするのだが、その寿命を知ってのことで、

ピークを迎える前に新規事業を派生させる必然があった。

 

そこから、IT、設計支援、リノベーションと、業務土俵は住宅・建設だが、

事業テーマとしては派生した内容を新規育成してきた。

 

ターゲット市場を課題別に業務工程と対象市場をマップ化して、

飛び地にならないマトリックスで連続性をもたせ、

半自動的にソリューション営業ができるように考え、拡大を図ってきた。

 

5年で一つの関連事業をテイクオフさせて、化合・接合していく。

ここでシナジーが発生、付加価値として吸収する、

こういう作戦だが、そう簡単には問屋は卸してくれないのが常、笑。

 

ひとつだけでは多すぎる、この答えは、不況や社会課題に直面したときにわかるはずだ。

栄枯盛衰、かならず、厳しい節がやってくる。

冬季オリンピック

🔳ミラノ・コルティナ オリンピック

 

冬のオリンピック種目は、縦長の日本列島のなかでも

雪国地域以外では馴染みが薄いかも知れない。

 

私の通っていた高校は、冬の体育授業はスキー授業が多く、

大抵の高校生はスキーが、それなりにできる。

 

子供の頃から、冬の遊びといえば、スキーやそり、スケートだ。

毎日、夕方暗くなるまで山で滑っていたから、当然と言えば当然、滑ることができるわけだ。

そんな地域でも、ジャンプとなると別格だ。

格好の山があっても、専用のジャンプ台設備がないといけないし、スキー板も特殊だから・・・。

 

下川という町があって、私の通った名寄高校の隣町で多くの生徒が電車に乗って通ってきていた。

この町こそ、ジャンプのメッカなのだ。

 

今回、メダルを取った二階堂蓮もしかり。

あのレジェンド葛西もそうだ。

 

一方、上川には高梨沙羅など有名な選手がいる。

温泉郷にいく途中にある町だ。

下川の元町長が同級生だったこともあり、親近感をもってテレビ観戦をしている。

 

アルペンも体育授業の指導員がオリンピックの選手だったりするから、熱のこもった授業になり、時々いい選手がでる。

 

アルペンは、小樽。

ジャンプは、名寄、下川、上川。

スケートは、釧路、帯広。

カーリングは、北見。

 

北海道とひとくちに言っても地域によって盛んなスポーツは異なる。

税金

■税制

 

この国の事業主や資産家に対する税制を見る限り、

金持ちは「悪」のような、残忍さを感じる。

 

平たい資本主義というのか、社会主義的な資本家扱いというのか、

成功者や資産家に厳しい税制の背景は何なのか?

 

一方で、円安促進の政策誘導で喜んでいる政治家がいるわけだから、

国力とか健全財政とか、首を傾げたくなる。中央銀行の独立性もかなぁ。

 

自国民が家を買えず、外国の方が買える日本の住宅って、悲しい限りだ。

大学に入った頃、最初に目にした大学らしい教科は「原価計算論」や「貨幣論」だった。

一万円が一万円であるためには、認知だけでなく、財政や社会の健全性が担保され、

かつ、今の時代ですから、相互的な価値、為替がそこに横たわるわけだ。

 

単純に貝殻交換のような循環ではなく、総じていうなら、貨幣の強さ、即、国の強さみたいな図式になっている。

海外に出かけたら、一発で認識する国の力だ。

 

1ドルが360円、ジョークのような数字から、80円を切るような数字になった時、

日本も強くなったものだ、こう感激したのが嘘のような昨今の円安推進の流れだ。

 

当然、国債濫発のツケは未来国民が支払うことになるわけだが、長期的な話をいいことに、

ポピュリズム政治ではツケが表面化しない。

 

中小の倒産件数がどんどん拡大し、円安背景の物価高も一部の投資家が喜ぶ株高(所得税、法人税・事業税収入)で相殺するような論理となっている。

消費税を導入した時の背景がどこかに飛んでしまっている。

 

税の公平性、高齢化社会の備えなど、真っ当な理由で導入されていたわけだが、

目先の集票サービスの対象となって、崇高な論理が掻き消されてしまっている。

 

この先、財政が困窮したとき、その背景を振り返り、

あの時の積極財政、そして、それを選択した国民と言われたくない、そう考えるのは私だけだろうか?!

 

国の借金を増やした政治家や官僚に対する税金を新しく立法してもらいたいものだ 笑