冬季オリンピック

🔳ミラノ・コルティナ オリンピック

 

冬のオリンピック種目は、縦長の日本列島のなかでも

雪国地域以外では馴染みが薄いかも知れない。

 

私の通っていた高校は、冬の体育授業はスキー授業が多く、

大抵の高校生はスキーが、それなりにできる。

 

子供の頃から、冬の遊びといえば、スキーやそり、スケートだ。

毎日、夕方暗くなるまで山で滑っていたから、当然と言えば当然、滑ることができるわけだ。

そんな地域でも、ジャンプとなると別格だ。

格好の山があっても、専用のジャンプ台設備がないといけないし、スキー板も特殊だから・・・。

 

下川という町があって、私の通った名寄高校の隣町で多くの生徒が電車に乗って通ってきていた。

この町こそ、ジャンプのメッカなのだ。

 

今回、メダルを取った二階堂蓮もしかり。

あのレジェンド葛西もそうだ。

 

一方、上川には高梨沙羅など有名な選手がいる。

温泉郷にいく途中にある町だ。

下川の元町長が同級生だったこともあり、親近感をもってテレビ観戦をしている。

 

アルペンも体育授業の指導員がオリンピックの選手だったりするから、熱のこもった授業になり、時々いい選手がでる。

 

アルペンは、小樽。

ジャンプは、名寄、下川、上川。

スケートは、釧路、帯広。

カーリングは、北見。

 

北海道とひとくちに言っても地域によって盛んなスポーツは異なる。

感動の雪景色

■感動の雪景色

私には、言葉に表せない絶句した感動の雪景色の体験があります。

感激の景色といえば、ブダペストの丘の上から見た景色もその一つです。見渡す限りの平野に這うように滔々と流れる雄大なドナウ、荘厳な彫刻が施された橋。その先に広がる美しい教会の塔や赤い屋根屋根、古い石造りの街並み、十字軍の兵士が見たであろう景色、歴史を超えて、いつまでも眺めることができます。この美しさは、丘に登るたび、季節や時を変えて、楽しむことができます。

しかし、自然界のこころに残る景色はそうはいきません。

自然界のそれは、その時の自然条件や観る側の心をも映し出し、唯一無二の壮大な情景となるからです。

 

雪を跳ねあげ力強く走るディーゼル機関車、函館本線の特急おおぞら、北斗だったか……。

その車窓からの眺めのこと(学生時代の帰省)。

それは、ピーンと張った空気にかすむ遠い山々からすぐ近くの樹木にいたるまで、音を消してシンシンと積もった雪に覆われたキャンバス。

氷の華を咲かせたガラス窓の額縁は白銀一色。樹木は15cmほどのベビースノーの綿帽子をかぶり、ふんわりしています。

時折、突風と雪の重さに負けて、フワっとドミノ的に舞い飛ぶ銀花、とてもモノクロームで静かな銀世界です。

 

そこに生まれて間もないあたたかいオレンジの光が遠くの墨色を残した山あいにユラっと大気を揺らし顔をのぞかせます。

白というより、遠慮がちな少しオレンジを帯びた光。その光は、空のスターダストをも引き込み、すぐに遠くのオレンジが近くまで押し寄せ、

サーモンゴールドとホワイトパールが織りなす天使のような、まばゆい輝き、雪の結晶のキラキラをまとった世界に変貌を遂げます。

 

この場にクロード・モネがいたなら描いたであろう圧倒的な絵画の世界を演出します。

このわずかな時間の雪と光の情景は、自由で秩序ある解放された優しさを放ち、

枝葉に積もった陰の部分が雪灯の不透明を残し、力強い立体感でキラキラの結晶をさらに変化させていきます。

 

画角いっぱいに雪と光の双方が共振・共鳴し、渾身の1枚となるのです。

おそらくは、気温、湿度、風、雪質など、全ての条件が整って、波長の長い暖色の光を伴い、雪の粒々の隙間での乱反射の重なりが生んだメルヘンの世界でしょう。

 

ディーゼル音が一段と大きくなり、突然、その雪景色はやってきて、すぐに、ちょっと寂しげな、いつもの冬の北国の太陽に戻ってしまいます。

その忘れられない最高の景色は、一体何が起こったのだろう、と、見るものの魂を揺さぶり、疲れ切った身体を癒し、時の流れを止め、ただ茫然とディーゼル列車ごと、雪原に飲み込み、人々を大自然の一部に溶け込ませます。

その自然と一体となった空間が見るものの血流となって体内を駆け巡るのです。

 

まさに、母なる大地。

そして、天上界からの神々しい祝福の瞬間。

 

 

上野から、特急寝台列車に乗り、終着青森。

雪のパラつく中、ジャンジャンと銅羅(ドラ)を響かせ、青函連絡船で函館。

夜明け前の漆黒の闇を誰もが小走りに白い息を吐きながら先を争うように、雪が凍り付いた油の臭いがするディーゼル機関車に乗り込んで、さらに北を目指します。慌ただしく出発した機関車が、少し走ったかと思うと、ゆったりカーブを切って、大沼公園に差しかかる手前の山中での出来事です。

 

ちょうど、杉本博司さんが小田原の江の浦測候所を作るきっかけになった、真鶴からのカーブ、海、斜面の話がありますが、

私にとって、それに匹敵する最高の雪景色の話になります。

かと言って、それを切り取って、キャンバスに収められない心象。

 

あるいは、スマホの無かった時代の悲しさ(もしかしたら喜び)。

高校の美術教師になった先輩と東京や北陸の重たくべっとりした黒い雪をアトリエで議論した学生時代には登場しなかった雪の色だったので、おそらく、その後の一コマだったのでしょう。

寒さ(血圧アップ、成績ダウン)

■寒さ(血圧アップ)

 

今朝の東京、チラチラと雪が舞っていました。

 

寒いと血圧が上がる。

血圧が上がると命のリスクが高まる。

 

日本一寒いところで高校生活を過ごしたが、寒いのは不得手。

ある寒い朝のこと、学校で皆が騒いでいる。同級生の船戸君の両耳が通学で凍傷にかかり、真っ黒になっていた。友人一同。真っ青。

 

座っている椅子と自身の太ももの裏に両手を挟み込み、肩に力をいれてジッとして授業の開始を待つ。ひょいと横にかかっている寒暖計を見ると、何と、氷点下29度(-29℃)寒いわけだ。校舎の中での温度だ、ギネスじゃないか?

 

次の日、命の危険を感じて下宿を出ることができない。

 

寒いということは、眼を開けるのに力が必要になる。瞬き厳禁。ヨイッショと目を見開く。湿度があるところはくっつくからだ。髪の毛は白くなる。今のような白髪ではない。凍るのだ。鼻の孔がくっつく。……。

 

とうとう不登校、文学書を布団にくるまって10冊ぐらい読み終えたころ、先生が下宿に迎えにきた。ギリギリセーフ。

 

犠牲になったのは、数学の成績。あっという間に下がる。下がったのは寒暖計の温度だけでない(-_-;)。今は血圧がバンバン上がって命の危険。

 

外気温は人生を左右するという話!

流氷

■流氷(海氷)

 

皆さんは「流氷が鳴く」事をご存知でしょうか?

 

冬こそオホーツク、言うまでもなく、流氷見学を意味した呼び込み表現だ。だが……。その流氷、海氷のこと。毎日、丘の上から眺めていると、そんな見学気分にはなれない。

ただただ、あたたかで優しい陽射しの春が待ち遠しい(💦)。

 

その鳴き声はもの悲しく、聞く耳を凍てつかせる重低音と高音の重なった音だ。

北の大地の厳しい冬。北風(シベリア降ろし)が強くなると、東樺太海流にのって、漁場を豊かにする春の栄養(プランクトン)をたっぷり含んでやつらが近寄ってくる。そのプランクトンが美味しい昆布を育て、その美味しい昆布を食べて美味しい雲丹ができあがる。流氷さま様。

 

時々、アザラシやキツネや鳥など、いくつもの生態系を伴って……。

 

小さい流(海)氷の塊がぶっつかり合いながら、濃度の高い塩水と氷片が上下対流し、潮間の中でゆっくり合体を繰り返し、氷の厚みが増していく。無造作にガッッツンとあたった氷片が四方八方に連鎖しつながる。もともとの小さい氷形が少しずつ海水を凍らせ巨大化する。

 

流氷と流氷が当たる音、接岸雪氷とのせめぎ合い、氷同士が重なり砕かれる音、上下の軋む、膨張してはバキーン、バーンと亀裂が走る音……。硬い塊の戦いは直線的・硬化的で柔らかさが見当たらない。

 

これが、ギー・ギギー、キシィー、ギシン、バキーンとなって、アチコチで同時に鳴る。この不気味な音が、丘の上の町には、風の音と重なり、さらに複雑な余韻を伴う音となって届く。

 

私には【キュォーン、ュォーン、ォーン、ン】という遠吠え的な音に聞こえてならなかった。【 ギー ギギー キシィー ギシン = キュォーン(余韻:エコー) 】

布団を頭まですっぽり被って音を無視する。

 

寒い夜は透明度が高い、空気がひんやり凍てつく、すべてが静止画の世界だ。音も良く通るが地上が低温のため音の上昇反射がなく地平を這うように風が運ぶ。結果、吹雪の雪原を通路として、地響きとなって民家に届くことになる。

 

その不気味さが、少年には、まだ見たことのない【得体のしれない大きな怪獣の遠吠え】に思えた。学生時代に読んだ、詩人、石原吉郎の「海を流れる河」という短いエッセイ。あのシベリアからの密林メッセージ(終焉があってはならない北上・南下)に近い、耐えられない景色・運命のような客体移動感覚を予感したかのように、シベリアからの「冬の塊・海林」メッセージを確認していた。

板カルタ

■百人一首(板カルタ:下の句カルタ)

 

地方には地方の文化や遊びがある。

5㎜ぐらいの厚さの「木の板」にダイナミックな下の句を江戸文字のようなくずし文字で書いた北海道の百人一首は、北海道オリジナルの「板カルタ」だ。しかも、読み札として上の句は、遊び(競技)の上で存在しない。ダイレクトに読み札と取り札の下の句を読み競って取る。読み手は前の札を独特の抑揚口調で読み上げ、次の札につなぎ読みをする。

 

歌を上の句連想で覚える必要がない「いろはカルタ」の類だが、上下の歌を記憶する必要がなく、誰もが遊べる利点がある。また、素早く取るための並べ方にもルールがあり、自分と相手の配置などの記憶と俊敏性は必須だ。

北海道は歴史的に変わり文化が多いが、これもその一つ。道民(私)にとっては当たり前だったのだが……(💦)。あ、全道的かどうか不明。

 

厚みのある板だけに良く飛ぶ、従って、相手を威嚇けん制するために、バシーンと飛ばして、ダメージを与える。(しかも、板だけに当たるといたい(‘◇’)ゞ

 

お寺(坊主)稼業を継ぐのが嫌で家出して大工になった祖父が一枚一枚丁寧に板をつくり、読むには難解な文字を書いてできた板カルタが我が家のそれだった。

子供の頃、冬になると毎年、この大会が開催された。三人一組でそれぞれ役割が決まっていて、対戦する。私はたくさんの板札を前に素早くとるとともに、相手の札位置も覚えて取った。厳しく寒い北国ならではの越冬娯楽であった。

 

この遊びのコツは、読み手の息遣い、その方の息のつながりや切れ方で、次の発音が、「カ行」と「タ行」グループなのか、「サ行」なのか、それとも「ハ行」なのか……、分かった。で、その次の出る札の位置を絞り込むから、読みと寸分違わずに目的の板に手が伸び、取る。否、バシーンと取る。

 

この素早さといったら例えようがない。

いやいや、本当。全国大会がないローカルな遊びだったことが悔やまれる(笑)。

 

運動会などを除いて、私が初めてもらった賞状とか優勝旗はこの大会のものだ。陸上やスピードスケートの大会にも出ていたが、なかなか結果が出なかったから、こっち(知力と俊敏さ)の世界で力を発揮した。カーリングがその頃あったなら、自己史は変わったかもしれない(笑)。

 

津軽海峡

■青函連絡船

 

ジャンジャンとけたたましく銅鑼(ドラ)が鳴り響くと出航だ。船酔いせずに大広間でゴロリと眠りにつくことができるから、大概は夜の連絡船を狙って乗船した。また、朝日に照らされた大沼公園の美しさに出会えるからでもある。

 

真っ暗で深く黒い津軽の海は不気味だ。母親が私を出産する2日前の海難事故の大惨事をはなしてくれたことがあった。停電のなかでの出産だったから、ラジオから流れる事故の悲惨な情報が印象深かったようだ。風の強い出航のときは、幼心に焼き付いた昔の台風15号・洞爺丸他4隻の海難事故が脳裏を過ることがある。が、ほどなく、船内で時間をつぶすことを発見して朝を待つ。

 

あるとき青函連絡船のなかにある大浴場にいってみた。確かにお風呂だ。が、通常のお風呂とは違っていた。左右に船が揺れるたびに、首まであったお湯の高さがおへそあたりまで下がる。上下にお湯が不規則に揺れるため、だんだん気持ち悪くなってくる。お風呂酔い。そうなるとお風呂からでて、広間の寝袋に入る。このような所作は、学生ならではの大雑把な行為なのかもしれない。

 

帰省時に後輩がいっしょに家に遊びにきたときの事。私は札幌で生ビール飲み放題のマイ記録を作った。ジンギスカン食べ放題、ビール飲み放題。凄い甘言(キャッチコピー)だ。2時間だったか~。学生には充分過ぎるほどに魅力的なプログラムだ。羊々亭。名前からして勇ましい。ジンギスカンのような油が強いお肉にはビールがお似合いだ。ヘルメットのような形をした鉄鍋で焼くのだが、鍋の縁のたまり部分にもやしを入れて合わせ食べる食文化だ。

 

自身の年齢と同じ21(杯)を数えたとき、時間の制限がきた。前日、盛岡でワンコ蕎麦を食べたが、その記録と左程変わらないから、ビールの力のすごさがわかる。

あれ以来、長いこと酒飲みをやっているが、この記録を破ることはできない。恐らく、この先もそうだろう。中ジョッキといえども、そう飲めるものではない~。

大抵はリュックを背負って東北を野宿して、徐々に帰省する。だから、青森の森の青(藍)さに感激したり、萎びた温泉宿で山道を歩いた汗を流したりと、気楽な帰省旅になる。

 

青森の地名は実に面白い。

一戸(いちのへ)から始まって、二戸、三戸……九戸、と「十」まである。そう、「十」は十和田だ。昔の戸来(へらい)村は、今は、新郷村。そこには、キリスト伝説があった。温泉のなかにあったマリア像が妙にこころに残った。古代史というのは謎深い部分をふくむものだ。  地名ひとつとっても意味深い。そんな楽しい帰省だった。今は昔。

基地の町

■基地の町(飛行機)

 

保育園・幼稚園に無縁の子供だったため、私には沢山の時間があった。

母から与えられたチラシ裏紙と1本の鉛筆、これが仲良しのともだち。

 

母親の洋裁作業の横で、良く「飛行機」を書いた。

しかし、たいがい謎の物体(オブジェ)になってしまう。

シュリュケンのような、あるいはヒトデのような形。

自分の中では飛行機だけど、誰にも分からん飛行機、謎の飛行物体。

 

こいつ本当に空を飛ぶのだろうか?

 

ソ連の恐怖時代で大きな米軍基地があった町だったから、地上から遥か空の彼方を飛ぶ軍用機・飛行機を見たことがあった。そのぐらいの知恵で描くと謎の物体が出現する。

 

あとは、裏の小川でメダカをとる、指がフヤケルほど川の中をさがす。

メダカのほうが圧倒的に利口だ。

 

*学校にいって……

 

舗装もされていない馬糞道の両脇にホッケ(🐡)が落ちている。トラックが運ぶ途中に山と積まれた魚を零すから、魚が道に落ちている、猫も食べないような状態だ。泥まみれのホッケにハエがたかる。私は針金を探して海にはしる。カニと蛸がねらいだ。

 

まず貝をとって、その中身を針金の先につけて、奴らの巣穴の前にブラブラさせておくと、蛸やカニがどこからともなく現れる。しかし、だいたい私の方が油断しているから、動きだけ観察して餌が無くなってしまう。だが、遊びには十分すぎるスリルだ。そうそう、やつらは烏賊が好きなことを発見した頃だ。

 

近所の男の子と一緒に海岸に走るときは、大抵、この遊び。

そんな近所の子は中学を卒業すると、大工になったり、集団就職で紡績会社に就職したりした。その流れもあって、今でも、夢のなかで一人海岸に走る。

 

海は圧倒的な「夢」を与えてくれた。水平線の彼方に自分の知らない世界がある。

ロシアの魚船、海上保安庁の大きな船、軍艦。ロシア人。米軍の軍人。轟くハーレーダビッドソン……。

 

大きな身体のアメリカ人やロシア人は子供心に恐怖だったが、リトルリーグでドジャースとかジャイアンツなど、大人のリーグと同名で、バスケや野球の日米対抗戦があった。身体の違いがモノをいい、必ず負けるのだが、とても年齢が同じには見えない広い世界を知った。これが私の冒険心に火をつけた(のかもしれない)、試合に負けて、感覚的(身体的)に広い世界を知ったころのこと。

手製の焼じゃが

■ストーブ

 

まだ、環境意識の希薄な時代のことである。

 

そいつが真っ赤になるほど石炭を放りこむ。

 

各住戸には玄関ホールとつながる「石炭小屋」があった。冬の本格的な寒さが訪れる前に、そのセメントで仕上げられた小屋に外部口から石炭を蓄える。その外部口と別に玄関ホールには、数枚の板が下から重ねられ一つのはめ込み型の間仕切となっている。

 

日々、小屋に積まれた石炭の山を少しずつ取り崩し、その高さに応じて仕切板を1枚ずつ外し、出入口を低くする。こうして段階的に石炭を取り出す仕組みがあった。仕切の板が一番下段になる頃、春がやってくる。うまく体積計算されていた。

 

その小屋から石炭を運びだすのが私の役目だった。

 

ピカピカと黒光りした石ころだが、中には艶のない奴もいた。そいつは黒いダイヤに見えない。どうにも個人的に馴染めなかった。石自体にエネルギーが感じられないことが、火力の無さに通じて仕方なかった。

 

自分が運んだ石炭だから、そいつを容赦なくストーブに抛り(ほうり)込む。これでもかとばかりにストーブの肌を真っ赤にそめる。自分の顔も真っ赤だ。このとき煙突菅にふれると火傷するから注意が必要だった。

 

石炭ストーブの下にあるレバーを左右に振って、赤い灰を落として、そのなかに畑から引っこ抜いたジャガイモを放り込む。適当な時間に芋を裏返し、ホッカホッカに仕上げる。「焼きじゃが」の完成だ。

 

ちょっと指で押し潰して焼き加減を確認する。あまり長い時間灰の中に放置しておくと回りが硬く焦げて食べる部分が小さくなるため、頃合いが重要だった。そのホッカホッカのジャガイモをポケットにいれて(ホカロン( `・∀・´)ノ走り)、外に飛び出す。

 

モコモコで大きな南極犬ジローがいた山田呉服店の横を通って、海を見にいった。

 

波が恐ろしくゴウゴウと寄せては引いて、一瞬だが砂浜にその日の波紋を描く。

真っ黒な雲がわき上がったり、空がパープルに変わったりすると、走って家路につく。

もちろん、すでにジャガイモはない。

 

バターをつけるというのが、いつからだったか? 覚えがない(笑)。

太陽・月

■太陽。月。

 

旅をしていると、美しい「太陽と月」に出くわすことがある。

一日の希望をくれる、深い闇を裂き、メラメラと昇る目映い光。

一日の疲れを癒し、海や山の彼方に揺ら揺らと沈む太陽。

男女が語り合うロマン溢れる夜の舞台、海面を照らす月。

私が出くわした彼(太陽)と彼女(月)を何枚か掲載。

力強く希望に満ちた彼、優しくしっとりいたわる彼女。

 

①「イタリア、塩の道、チルビア(Cervia)」

②「シチリア、エトナ山頂(Etna)」

③「ギリシア、サントリーニ島(Santorini)」

④「北海道、小樽(Otaru)」

 

 

いかがですか?

ファン化

■ファン化

 

事業推進の上でお客様をファン化するのは重要な施策である。

ヒトはちょっとしたキッカケで【ファン】になるものだ。

 

さて、私のキッカケ。牡蠣

イタリアから連想しての「アルファロメオ」

同様にワインならネッピオーロ種「バローロ」

牡蠣はミネラルたっぷりのエサで育つ「昆布森」

海外ならフランス「モンサンミッシェル」のムール貝。

美瑛「千代田ファームのA5牛肉」。

フィレンツェの「Tボーンステーキ」。

ビールは「サッポロクラシック」。

……

 

キッカケキーワードは、期待以上の味、好きな国、美しい光景、楽しい乗り心地、郷土愛や母校愛などだが、知り合いを通じてというのも「あるある」、それが応援スタイルかなぁ ……。

 

今回は、

スナック菓子のカルビーの話。

 

以前、同窓会でカルビーの社長になった学部の後輩(笑)が試食用に提供してくださった、このとき新製品(野菜のチップスなどなど)を頂いたことを契機に、買うなら「カルビー」。北海道のじゃがいも、と決めた。

 

お土産品も思わず、「カルビー」。

 

口上を聞くに新製品らしい、「 たまねぎ  X  ジャガイモ 」。

食の合金技術。上手い組み合わせだ。間違いなく美味いだろう。

 

見た目もジャガイモの皮の風合いを残しながら玉ねぎカラーでサクット感がでている。口に放り込むと玉ねぎが全力で口内に広がる。オニオンフライそのものだ。最後に舌に少し残るのがジャガイモ君。遠慮がちで謙虚な芋君だ。こりゃ、ビールだなぁ。サッポロクラッシックといっしょに楽しめる。欲をいえば、ケチャップのシャワーを浴びた逸品も食べてみたい~、こうなる。

 

【ぽてコタン(カルビー)】、ニクイネーミングだ。

新千歳空港でおばちゃんに誘惑されて財布の紐が緩んだ。

 

弊社のファンも増やしたい、品質重視の事業を基盤にするしかない……。