社会貢献

■社会貢献

今年も今日が最後の就業日となりました。

この一年、お世話になり、ありがとうございました。

以前、人生の成功は脳で勝ち取ると考え、

知識を資産化すべく、本やセミナーから学び、個人投資を実施してました。

 

その結果、痛い目に遭いながら、世の中の経済的な動きを少し理解しました。

 

特に、システムエンジニアの職業柄、データ分析や調査が好きだったため、

様々な観点で企業分析を心がけ、成功する企業の特質、成功する人間の特質を共通点から導き出していました。

実際、自分自身で起業すると、いくら勤勉に働いても、なお、難しいものがあった。

 

失敗のPDCAを15年回転させ、努力の甲斐があり、少し事業の芽がで始めた。

 

BS・PLの各項目の連携と実際の事業との関連が分かってきたわけだ。

 

それを社会変化の中で、各項目の数字を目標値に近づかせるため、

どこをポイントに事業管理をし、強い企業経営に押し上げるのかを考えてきた。

 

お金は集まるべくして集まる

 

集めるのは人だ。その人の行動に左右される。

 

で、少し結果がついてきたのと、金利のある時代に入ったことから、

資本主義の原点である、資金が資金を産むことに着眼。

 

会社収益の一部を社会貢献で活用したいと考えた。

直接、社会貢献テーマに取り組むのが難しいこともあり、

環境問題、社会福祉、教育問題、SDGsなど、社会にとって有用なテーマESGの債権購入で支援する方向を決めた。

現在は、学生支援機構の奨学金支援債権、そして、東京都の社会福祉などの取り組みソーシャルボンド債、この二つの支援を決めている。

 

金利が上がる局面で資金ロックをかけるのは、

元本保証とは言わないのかもしれないが、期間の短いソーシャルボンドを継続的に実行して、社会貢献の一部に寄与したい。

状態変化

■状態変化

 

岩から土に変化する時、体積は3倍になるとのこと(土と生命の46億年史:藤井一至)

 

雪景色を懐かしんで文章にしたとき、雨が雪に変化すると思い込んでいた。

固体→液体→気体のように、一般的には温めると体積が大きくなり、冷やすと体積が小さくなる。

膨張と収縮である。固体がもっとも体積が小さいことになる。

質量は変わらない。

 

雪景色の話で気になったのは、水から氷(雨から雪)の状態変化の体積変化だった。

液体→固体だけど、一般的な変化とは違い、大きくなるように思えて、、あとで調べてみた。

 

中学一年生の理科の話で恐縮だ。

やはり、水と氷の関係は例外的に逆のようだ。

水より、氷の方が体積が大きいとのこと。

水が氷になる時、体積は10%アップするとのこと。北国の水道管の破裂で小さい時に体験済みだ。

さらに、水蒸気になるときは、1700倍に膨張とのこと。

 

実はここにカラクリがある。

つまり、氷と雪の違いだ。

氷は水が凍結しての結晶体。

 

雪は水から水蒸気になったあと凝結しての結晶体。

液体→気体→固体?

 

だから、雪はすごく隙間(空気)があって、ふんわりの表現が可能なわけだ。

氷と比較すると、110%と170000%の違いだ。

膨張、半端ない、なかなか空中を漂って落ちてこないわけだ。

私の間違いは雨から雪になると思い込んでいたこと。雪はもとは水蒸気だ。

 

それで、例の雪印の結晶マーク、このマークとマークの隙間(空気)が新しい雪では大きく、光の乱反射が可能で

オレンジ色に見えたり、サーモンゴールド色に見えたり、シルバー色でキラキラ光を鮮やかに演出できるわけだ。

 

話題沸騰の新刊書BLUE BACKSの土の本(土と生命の46億年史)は、読むのが結構辛かった。

不慣れな地質学用語が多くて、とても、土の知性にたどり着けない(笑)。

感動の雪景色

■感動の雪景色

私には、言葉に表せない絶句した感動の雪景色の体験があります。

感激の景色といえば、ブダペストの丘の上から見た景色もその一つです。見渡す限りの平野に這うように滔々と流れる雄大なドナウ、荘厳な彫刻が施された橋。その先に広がる美しい教会の塔や赤い屋根屋根、古い石造りの街並み、十字軍の兵士が見たであろう景色、歴史を超えて、いつまでも眺めることができます。この美しさは、丘に登るたび、季節や時を変えて、楽しむことができます。

しかし、自然界のこころに残る景色はそうはいきません。

自然界のそれは、その時の自然条件や観る側の心をも映し出し、唯一無二の壮大な情景となるからです。

 

雪を跳ねあげ力強く走るディーゼル機関車、函館本線の特急おおぞら、北斗だったか……。

その車窓からの眺めのこと(学生時代の帰省)。

それは、ピーンと張った空気にかすむ遠い山々からすぐ近くの樹木にいたるまで、音を消してシンシンと積もった雪に覆われたキャンバス。

氷の華を咲かせたガラス窓の額縁は白銀一色。樹木は15cmほどのベビースノーの綿帽子をかぶり、ふんわりしています。

時折、突風と雪の重さに負けて、フワっとドミノ的に舞い飛ぶ銀花、とてもモノクロームで静かな銀世界です。

 

そこに生まれて間もないあたたかいオレンジの光が遠くの墨色を残した山あいにユラっと大気を揺らし顔をのぞかせます。

白というより、遠慮がちな少しオレンジを帯びた光。その光は、空のスターダストをも引き込み、すぐに遠くのオレンジが近くまで押し寄せ、

サーモンゴールドとホワイトパールが織りなす天使のような、まばゆい輝き、雪の結晶のキラキラをまとった世界に変貌を遂げます。

 

この場にクロード・モネがいたなら描いたであろう圧倒的な絵画の世界を演出します。

このわずかな時間の雪と光の情景は、自由で秩序ある解放された優しさを放ち、

枝葉に積もった陰の部分が雪灯の不透明を残し、力強い立体感でキラキラの結晶をさらに変化させていきます。

 

画角いっぱいに雪と光の双方が共振・共鳴し、渾身の1枚となるのです。

おそらくは、気温、湿度、風、雪質など、全ての条件が整って、波長の長い暖色の光を伴い、雪の粒々の隙間での乱反射の重なりが生んだメルヘンの世界でしょう。

 

ディーゼル音が一段と大きくなり、突然、その雪景色はやってきて、すぐに、ちょっと寂しげな、いつもの冬の北国の太陽に戻ってしまいます。

その忘れられない最高の景色は、一体何が起こったのだろう、と、見るものの魂を揺さぶり、疲れ切った身体を癒し、時の流れを止め、ただ茫然とディーゼル列車ごと、雪原に飲み込み、人々を大自然の一部に溶け込ませます。

その自然と一体となった空間が見るものの血流となって体内を駆け巡るのです。

 

まさに、母なる大地。

そして、天上界からの神々しい祝福の瞬間。

 

 

上野から、特急寝台列車に乗り、終着青森。

雪のパラつく中、ジャンジャンと銅羅(ドラ)を響かせ、青函連絡船で函館。

夜明け前の漆黒の闇を誰もが小走りに白い息を吐きながら先を争うように、雪が凍り付いた油の臭いがするディーゼル機関車に乗り込んで、さらに北を目指します。慌ただしく出発した機関車が、少し走ったかと思うと、ゆったりカーブを切って、大沼公園に差しかかる手前の山中での出来事です。

 

ちょうど、杉本博司さんが小田原の江の浦測候所を作るきっかけになった、真鶴からのカーブ、海、斜面の話がありますが、

私にとって、それに匹敵する最高の雪景色の話になります。

かと言って、それを切り取って、キャンバスに収められない心象。

 

あるいは、スマホの無かった時代の悲しさ(もしかしたら喜び)。

高校の美術教師になった先輩と東京や北陸の重たくべっとりした黒い雪をアトリエで議論した学生時代には登場しなかった雪の色だったので、おそらく、その後の一コマだったのでしょう。

吉祥寺のこと

吉祥寺の会社

 

会社住所の武蔵野市、この武蔵野のひびきから、国木田独歩の「武蔵野」を連想し、広大な関東の台地をイメージする人は少ないだろう。

今や、武蔵野は、武蔵野市。吉祥寺、三鷹、武蔵境のJR駅に隣接するエリア。井の頭恩賜公園に薄(ススキ)があれば、ちょっと、独歩の武蔵野と重ね合わせられるか……。文化園(動物園)の方かな〜。

毎年、住みたい街ランキングで上位にはいる吉祥寺。人気があるには確かな理由がある。

住むにあたり、重要視している要素が備わっているのだ。

至便性(買い物、交通)、自然環境、文教環境、住宅事情、就労環境などなど

残念ながら、海はない。それは横浜に任せよう。

 

 

【1.都会の良さと地方の良さを持つ街】

都心に出かけるとき、吉祥寺~新宿 12分、吉祥寺~渋谷 18分、吉祥寺~東京 26分。で着きます、近いです。

羽田空港に行くバスも駅前から出ていてとても便利です。こちは、40分から70分ぐらいか。

駅から商店街が四方八方、東西南北と放射線状に発達してて、北も南も賑やかです。

それでいて、憩いの場となる井の頭恩賜公園(植物園、動物園も)が駅のすぐ南にあり、家族連れで賑わい、ボートに乗ったり、四季折々を楽しむことができます。公園西側には、テニスコートや陸上グランドなど、どこか地方都市の落ち着いている要素も持ち合わせています。

この自然と便利のバランスがいいのが特徴です。

美容院は700店舗ぐらいあるとのこと、代官山同様のフラッグシップゾーンらしい。

大きな家電量販店もあり、ユニクロに至っては、1棟ビルの他、いくつかあり、ニトリなどの生活用品もデパートの中に入っています。飲食は言わずもがな。

一言でいうなら、このエリアから出なくても何不自由なく生活できます

 

【2.魅力的な学校があって、子育てが楽な街】

住みやすいというのは、子育て環境も大切になります。つまり、文教環境です。随分とたくさんの学校があります。

高校でいうと、近くで有名なのは、都立西高、成蹊、都立三鷹中教、吉祥寺女子、法政や明治や中央の附属高校も近くにあります。

少し西に足を伸ばすと、早稲田の附属、都立国立高校も通学圏です。

大学もいくつかあるので、街は若い人で活気づいています。

 

【3.文学、アニメ、漫画などの情報発信基地】

ジブリ美術館は有名ですが、その他にも、少年ジャンプに関係のありそうなビルが2つほどあって、北斗の拳のケンシロウがいて一緒に乾杯できます。

お鮨屋さんや焼き鳥屋さんで、「まことちゃんハウス」の、うめずかずおと隣に座ることが何回かありました。

吉祥寺南町の彼の赤白の住居兼オフィスはとても有名でした。弊社にも、アルバイトで漫画家のアシスタントが働いていた時代もありました。

楳図かずおのほか、柴門ふみ(弘兼憲史)、一条ゆかり、大島弓子、北条司、江口寿史、大友克洋、森田まさのり、いしかわじゅん、西原理恵子……の著名な漫画家たちが、この街に住んでいたり、仕事場を持っていたりしています。

作家も同様です。前後の駅も含めると、古い時代からですと、森鴎外、太宰治、井伏鱒二、与謝野晶子、山本有三などなど、近いところで瀬戸内寂照、吉村昭(津村節子)もそうですね。中央線の作家が住んでいた街の一つです。そうそう、直木賞作家、新田次郎の家も北町で会社の近所です。

音楽家もいらっしゃいます。フォークシンガーの高田渡が愛した「いせや本店(焼き鳥)」。ピアニストのフジコ・ヘミングも近くに住んでいたようでした。芸能人は、加賀まりこ、中村獅童、小栗旬などの出身高である明星学園があります。佐野史郎も有名でしょうか。孤独のグルメの俳優松重豊も若いころに住んでいました。原作の久住昌之もネーミングを井之頭とした段階でこの地と関係のありそうな匂いが漂います。そうそう、志村けんの家もそうです。

聖地じゃないですが、ピース又吉の本「火花」に出てくるのが「武蔵野珈琲店」、村松友視の本には「武蔵野倶楽部」。倶楽部はピアノバーです。

どちらも公園の近くです。

このように文化的な香りが漂っている街です。

 

【4.医療、住居と会社】

年を重ねると、重要なのは医療施設です。大きな病院がいくつもあります。杏林大学病院、武蔵野赤十字病院など。

不動産は少し高額ですが、近隣の調布や西東京もバスですぐ近くですから、工夫次第で効率の良い住居を探せると思います。

会社ですが、これは、少ないかもしれません。

手前味噌ですが、弊社のように、満員電車に乗らずとも、

この地にオフィスを構え、ストレスのない通勤と仕事を実現している会社は少ないと思います。

 

PR:

このような地の利抜群の弊社で、是非、一緒に働きたいものです!

電気通信大学や東京農工大の出身の社員がいますが、学生時代の住まいをそのままで就職できるメリットがあります(笑)。

一橋大や東京女子大、ICU、成蹊大や法政大(理系)も近いですから、一考ください。

最後は、「リフォーム(RENIO)」の住宅ソリューションズの紹介でした。

書いているうちに、長くなっちゃいました💦